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おさえておきたい肺癌診療の最新トピックス〜肺癌診療におけるRWD〜

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近年の肺癌治療におけるRWDの重要性

 現在、肺癌診療では、遺伝子検査に基づく遺伝子タイプ別での治療戦略が進んでいます。さらにそれぞれの遺伝子タイプで、例えば脳転移の有無、高齢者か非高齢者か、またはECOG PSが不良であるのか否かなど患者背景の違いで、検証すべき症例群が細分化されます。このように多岐にわたり細分化されたそれぞれの患者群で、十分な症例数を確保して臨床試験を行うのは難しいことが容易に想像できます。さらにもう1つ、これは非常に良いことなのですが、近年は肺癌治療の成績が向上しているため、実臨床を考慮すると、臨床試験でもより長期の観察が必要になってきています。長期イベントが発生しないとすれば、それだけ研究期間の長期化、ならびに症例数の増加が必要となります。以上から、今後の肺癌治療における臨床試験では、すべての臨床的疑問を前向き介入試験で証明していくことは、実質、困難であると考えられます。 

 こうした背景から、臨床的疑問を解決する、あるいは最終的な結論に至らなくとも何かしらのヒントを得る、という目的で、電子カルテ情報や患者レジストリのデータを活用したRWDが近年非常に重要になってきています。また、患者さんの細分化は今後ますます進んでいくと予想されるので、それに伴いRWDもより一層重要なものになっていくだろうと考えています。 

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ALB_近年の肺癌治療におけるRWDの重要性

RWDと臨床試験の違いとその位置付け

 臨床試験は、限定的な対象集団において、ある治療の有効性や安全性を評価することを目的とした介入研究です。また、臨床試験というと、やはり主軸はRCT(Randomized Controlled Trial)を代表とする比較試験で、その一番の強みは、対照群と比べて統計学的に有意な治療効果があるかどうかを評価できる点にあると考えています。

 これに対して、観察研究にあたるRWDでは、対象として含まれる患者さんの背景に大きな差があることをまず理解しなければなりません。われわれが普段出会う患者さんのように、評価病変がなく胸水が目立つ症例や、脳転移や副腎転移を有する症例もある、というような多様な背景の肺癌患者さんを含めて解析していくのがRWDです。RWDでも傾向スコアマッチングやIPTW(Inverse Probability of Treatment Weighted)法などの手法を用いて背景因子を調整することは可能ですが、治療効果を比較するということに関しては、RCTが優位であることは否定できません。

 臨床試験の症例登録では、通常、選択基準や除外基準が設けられていることから、臨床試験の結果が実際に治療する患者さんと一致しているのかについて検証が必要となりますが、特に症例が少ない群ではその答えは得られません。そのような臨床試験では偶然少数となった患者群(高齢者や脳転移症例など)に対する検証などは、RWDがヒントを与える補助的なデータとして活用できると期待できます。また、RWDで知りえた現象を改めて前方視的に検証できる試験を提案するような、事前検証としてRWDを活用することで相補することも、より理想的であると考えています。

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ALB_RWDと臨床試験の違いとその位置付け

RWDをどのように読み解くか:結果の解釈と注意点

 患者レジストリを除いて、RWDの解析結果というのは後ろ向きの解析であることが多いと思います。そうすると、個人的には、プライマリーエンドポイントを意識する必要性について疑問に思います。臨床試験、中でも検証的試験の場合は、事前に設定されたプライマリーエンドポイントで目的が達成されたかどうかが重要です。また、もし達成できなかった場合、試験デザインは統計学的に適切だったのか、適切であるならなぜ目的を達成できなかったのかをさまざまな観点から評価していくことも重要です。一方、RWDの場合は、主目的に設定した指標に限らずすべてのデータに目を通し、解析結果をそのまま受け入れるべきだと考えています。あくまで、“こんな対象集団でこんな解析をしたら、こういった結果が出ましたよ”というそれ自体が1つの重要な気づきになるということです。

 また、RWDを読み解くうえでの注意点として、RWDの特徴である患者背景の多様性が、結果に対して重大なバイアスとなっていることがあります。そのため、治療効果を見たい、副作用を見たいといった目的に対して、どんなバイアスが影響しているかに注意し、それを見抜く必要があります。

 例えば、私が初めて関わったRWD研究は、EGFR陽性肺癌1400例のデータを解析したEGFR-TKIの治療効果に関する後ろ向き研究でした1)。このデータを用いて、第3世代EGFR-TKIの前治療として、第1世代EGFR-TKIを使用した症例と第2世代EGFR-TKIを使用した症例で、シークエンス治療の影響を比較しようとしたことがありました。こうした場合、第3世代が上市された日以降で、第1世代と第2世代のどちらも選択可能な状況で新規に治療を開始した患者さんを対象としなければ正しい解析はできません。私は当初、そのようなデータの絞り込みをせずに解析し、予想と反する解析結果を得たわけですが、そのときに何がバイアスとして影響するのかとデータを眺めていて、長期間第一世代EGFR-TKI治療を継続する症例ほど次治療に移行できるということが影響していると気が付きました。つまり、薬剤の上市タイミングを考慮しないことによる選択バイアスの存在が強く影響することに気が付いたわけです。この経験により、次研究であるWJOG9516L試験では、アレクチニブの上市以降、すなわちクリゾチニブとアレクチニブの両薬剤を選択可能な期間に、これらの薬剤による治療を受けた患者を解析対象とすることを事前計画として取り入れることができました2)。

 このように、RWD研究を読み解く際は、解析結果が腑に落ちない場合や、何かおかしいなと感じる場合には、何らかのバイアスが影響しているんじゃないだろうかと突き詰めて評価することが重要であると考えます。

1) Ito K, et al. Cancer Sci. 2020; 111(10): 3705–3713.
2) Ito K, et al. Eur J Cancer. 2021; 145: 183-193.

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ALB_RWDをどのように読み解くか:結果の解釈と注意点

RWDに期待される役割とその可能性

 私がRWDに期待するポイントは2点あります。1つは希少フラクションのデータ。もう1つはリアルタイムなデータです。1つ目の希少フラクションに関しては、近年、FDAでRWDをメインエビデンスとして進行男性乳癌に対する治療薬が承認されたという話がありました3)。RWDにより適応を取得できた背景には、男性乳癌の希少性があり、ある程度の症例数を確保して前向き介入試験を実施するのが困難だったからと思われます。つまり、このような症例数の限られる患者群のデータこそ、RWDが活かされるところだという一例であると思います。2つ目に挙げたRWDのリアルタイム性というのは、私が個人的に非常に期待している部分です。この2~3年のCOVID-19の流行で、実臨床データをリアルタイムに得ることの重要性を思い知ったのは私だけではないはずです。変わりゆくウイルスのバリアント、ワクチンや治療薬の出現など、癌領域に関係ない環境因子でも治療方針を定めるうえで知り得たい情報は変化します。臨床試験の場合、事前に設定した解析時点までデータは解析せず公表もしないので、臨床試験の代わりにRWDでその時点で必要とされるデータをリアルタイムに出せたらいいのにと、私は思っています。その目的を達するためには、患者レジストリが理想的であると思います。可能な限り全例登録を目指し、データが必要とされるタイミングでいつでも解析可能な状態にあるというのが理想です。近年では、電子カルテからデータを抽出し、解析するという試みも進んでいるようなので、RWDのデータベース化が進み、リアルタイムで解析できるようになれば、その価値はますます高まっていくんじゃないかと推測し、期待しています。ただし、近年では個人情報保護法などの規制との調整も必須と考えます。

3) Cynthia HB, et al. Real-world evidence of male breast cancer (BC) patients treated with palbociclib (PAL) in combination with endocrine therapy (ET). 2019. [https://meetinglibrary.asco.org/record/176918/abstract]

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ALB_RWDに期待される役割とその可能性

日本肺癌学会のデータベース研究の試み

 データベースという点では、国内で過去に行われた臨床試験の患者さんの個別データを収集し、統合してデータベース化する試みがすでに完了しています。統合データベースの第1弾は局所進行期非小細胞肺癌に対する根治的化学放射線照射についての無作為化第2相、第3相試験を対象としており、本データベースの解析結果は2022年3月にJTO Clinical and Research Reportsで発表されました4)。今後は、この第1弾を基盤に、対象試験やデータベースアクセス権を拡大し、すでに構築した統合データベースについては、学会員から解析案を募って活用することも検討されています。また、RWDに関しても、現在日本肺癌学会データベース研究の試みとしてデータ収集に関するプロジェクトが進行中です。例として、市販後調査のために収集された実地臨床のデータは、通常、各製薬メーカーが分散して所有していて集約化されることはありませんが、こうしたデータを収集する仕組みを構築中です。

4)Ozawa Y, et al. JTO Clin Res Rep. 2022; 3(5): 100317.


最後に

 日本肺癌学会データベース研究のプロジェクトは、RWDに限らずさまざまなデータベースを構築しようという試みです。これまで限られた範囲でしか解析できなかった、または公表されなかったデータを、学会のプロジェクトとして統合データベースを構築することで、多くの先生方がデータを解析したり、生データに触れる機会が増えればいいなと思っています。そこで得られたデータがエビデンスと言えるかと言えば、元の臨床試験における主解析の結果よりもエビデンスレベルは低下してしまいますが、試験のために多く集められた症例データをもとに、臨床的疑問が解消できるのであれば、そのデータは非常に有益だと思いますし、やはり収集した個々のデータは活用していくべきだと思います。

 個人的には、さまざまな視点から多くの解析が行われ、皆さんの個々の臨床的疑問に答えられれば、非常に理想的だと思いますので、そのような点に期待をしています。

 医学に限らず、データは、国際第三相無作為化試験のデータのような“あるひとつのデータ”が高品質で真実を映し出す確固たる信頼できるデータ、というものではなく、多方面から検証するべきものであると思います。実臨床のデータ収集は希少疾患のデータ収集のみならず、介入試験で検証不能な部分を補う相補的な意味合いもあると思うことから、RWDの重要性が、その活用法の検証と共に高まることを期待しています。

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ALB_最後に