メインコンテンツに移動

アジレクト錠1mg・0.5mg 発売中

ラサギリンメシル酸塩
パーキンソン病診療のClinical Question パーキンソン病の気分障害を考える

パーキンソン病診療のClinical Question パーキンソン病の気分障害を考える

image image

1 パーキンソン病(PD)患者さんにみられる気分障害について教えてください。

PDの非運動症状として、うつ、不安、アパシー、アンヘドニアなどの気分障害がみられることがあります。これらの気分障害には、①PDに罹患したことに対する反応性のもの、②PDの病態生理に関連して発症するもの、③うつ病/大うつ病性障害が併存したもの、以上の3つがあると考えられており、最も頻度が高いものは、②であると考えられています。ただし、実臨床においてこれらを鑑別し、それぞれに異なる治療を行うことは非常に困難で、現実的ではありません。PDにおけるうつは、DSM-5のうつ病/大うつ病性障害の診断基準(図1)の軸となる2つの症状、「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」のうち、「抑うつ気分」が主体となっているものです。一般人口におけるうつ病/大うつ病性障害と比較すると、PDのうつ症状では、無価値観や罪責感、死についての反復思考が少ないと言われています。PD患者さんにうつ症状がみられる頻度については、時代背景や診断基準の違いなどにより過去には数%~70%程度までさまざまな報告がありましたが、2016年に報告されたシステマティックレビューでは、PD患者さんにおけるうつ病/大うつ病性障害(major depression)の有病率は22.9%(95%信頼区間:18.1-27.7%)と推定されています1)

画像(PC)
ALC_DSM-5におけるうつ病大うつ病性障害の診断基準
本文

American Psychiatric Association; DSM-5, 2013, 155-188.

画像(SP)
ALC_DSM-5におけるうつ病大うつ病性障害の診断基準
本文

American Psychiatric Association; DSM-5, 2013, 155-188.

一方、PDにおけるアパシーは、前述の2つの症状のうち「興味・喜びの減退」が主体となっているものであり、PD患者さんの40%程度にみられます。1991年のMarinの論文では、アパシーを「意欲の喪失」「行動、認知、感情の3領域すべてにおいて発症する、目標指向の行動の減少」と定義しており、兆候の一つとしてアンヘドニアを含む概念としています2)。うつ症状とアパシーは、併存するケースもあれば、うつ症状のみ、またはアパシーのみがみられるケースがあります。
PDにおけるアンヘドニアについては明確な定義はありませんが、前述のアパシーの主体となる症状である「興味・喜びの減退」に相当するものであり、アパシーを症候群(syndrome)と考えると、アンヘドニアはその中の一つの兆候(symptom)ということになります。すなわち、アンヘドニアはアパシーよりも狭い概念であり、その頻度はアパシーよりも低いと考えられ、我々の検討では12.3%でした3)
不安については、うつ症状、アパシー、アンヘドニアとは別のものです。不安は対象のない、漠然とした恐れと定義されます。なお、対象がある場合の恐れは恐怖になります。PDの不安は単独でみられることもありますが、多くはうつ症状やアパシーと共に認められます。
PDのうつ症状は患者さんのQOLに対して最も悪影響を与える症状であるということが、多くの文献で報告されています。また、PDのうつ症状の影響は患者さんだけでなく介護される方にも及びます。治療に関するさまざまなことに納得いただけなかったり、ふさぎ込んで食事を摂る量が減ってしまったりするため、介護される方の苦労も増えます。運動機能的には十分歩けるはずの患者さんが、うつ症状が進行したために歩けなくなり、介護される方が連れて行こうとしても病院に来ることができなくなってしまったというケースもありました。このように、PD治療の最前線において、うつ症状は大きな課題だと言えると思います。


2 PD患者さんのうつ症状はどのように治療されますか?

「パーキンソン病診療ガイドライン2018」にもあるように、まずはPDの運動症状に対する十分な治療を行うことが重要と考えます(図2)。オフ時にうつ症状がみられる場合には、ウェアリングオフやオン/オフに対する治療を十分に行います。また、PD治療薬の中にうつ症状など気分障害に対するデータを有しているものもありますので、そのような薬剤を検討するのもよいでしょう4-7)

画像(PC)
ALC_PD患者さんのうつに対する治療
画像(SP)
ALC_PD患者さんのうつに対する治療

これらの治療を行ったにもかかわらず依然としてうつ症状がみられる場合は、SSRIやSNRIなどの抗うつ薬を投与します。抗うつ薬の投与開始にあたっては、MAO-B阻害剤との併用が禁忌であり、切り替える場合には14日間の断薬期間を要することに注意が必要です。また、123I-MIBGシンチグラフィーを予定している場合は、特にSNRIなど、ノルアドレナリン系に作用する抗うつ薬は123I-MIBGの心臓への集積に影響することがあり、注意が必要です。
SSRIやSNRIを試しても改善しない場合には、精神科医の先生にコンサルトすることにしていますが、希死念慮がみられた場合は治療段階にかかわらず直ちにコンサルトする必要があります。うつ症状がみられるPD患者さんについては、PD専門医が一人で抱え込まないようにすることが重要で、早くから精神科専門の先生と連携を取っておき、何かあったらすぐに診ていただいて適切に処置いただけるような体制を確保しておくとよいでしょう。
123Iで標識したMIBGを用いて、心臓を支配している心臓交感神経の障害とその分布を見る核医学検査。神経・精神科領域、循環器領域で広く普及している。MIBG(meta-iodobenzylguanidine)はノルアドレナリンの生理的アナログで、交感神経終末でノルアドレナリンと同様に摂取、貯蔵、放出される。交感神経機能が障害されるPDでは、123I-MIBGの心臓への集積が低下する。


3 外来診療でうつを早期に発見するためのポイントについて、先生のご経験も交えて教えてください。

うつを早期に発見しやすいポイントだと言えるものはなかなかないと思います。普段から患者さんとよくお話をして患者さんの状況を感じていただくことや、患者さんの訴えをきちんと聞くことが、うつの症状である「抑うつ気分」や「興味・喜びの著しい減退」に気づくために非常に重要なことだと考えます。例えば、非常に将棋好きだった患者さんが「最近全く将棋を指しに行かなくなった」とおっしゃった場合に、うつの発症を疑ったことがありました。また、ご家族のお話から兆候を見出すこともあり、急を要しない家事をしなくなった、なんでも後回しにするようになった、そういったお話がきっかけで、うつの発症が分かったこともあります。それから、看護師からの聴取も重要です。「患者さんのご自宅での様子を伺って気になることがあったのですが……」と看護師が報告して来たことによって、その内容からうつが分かったというケースもあります。


4 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、PD患者さんにどのような影響を与えているでしょうか?

PD患者さんは高齢の方が多く重症化のリスクが高いため大変警戒されていて、外出を控えられていました。通院を控えて電話での診療となったことで様子が分かりづらくなったうえに、ほぼお薬の処方だけになってしまった、リハビリができなくなってしまった、在宅医療・介護の方が訪問されなくなった、といった影響が8月上旬頃まで続きました。
PD患者さん特有の新型コロナウイルスに関連したリスクがあるかどうかについては、現段階ではお話しすることは難しいです。しかし、一般的に、大きな災害や事件はうつなどの気分障害に影響を与えると考えられます。2016年4月の熊本地震が被災地域の病院に通うPD患者さん335例に与えた影響についての調査では、メンタルヘルスに関して悪化がみられた患者さんは35.2%、改善がみられた患者さんは2.4%、変化がなかった患者さんは57.9%であったと報告されています9)。今回の、新型コロナウイルス感染拡大も、PDの患者さんに対して、反応性のものも含め、うつなどの気分障害に対する影響があるのではないかと考えています。

<出典>

1)Goodarzi Z et al. Neurology. 2016; 87(4): 426-437.

2)Marin RS: J Neuropsychiatry Clin Neurosci. 1991;3(3):243-254.

3)Nagayama H et al. J Neurol Sci. 2017; 372: 403‒407.

4)Hattori N et al. Parkinsonism Relat Disord. 2018; 53: 21-27.

5)Hattori N et al. Parkinsonism Relat Disord. 2019; 60: 146-152.

6)Barone P et al. Lancet Neurol. 2010; 9(6): 573-580.

7)Rektorová I et al. Eur J Neurol. 2003; 10(4): 399-406.

8)Lemke MR et al. J Neuro Sci. 2006; 248: 266-270.

9)Kurisaki R et al.: J Clin Neurosci. 2019; 61: 130-135.

私がPD診療の中でやりがいを感じる瞬間


私が医師になって数年目の時に、寝たきりだったPD患者さんがL-ドパによる治療を開始した結果動けるようになったのを見た時は、「これはすごい。一生、この病気の診療をやってもいい」と思ったほどの感激がありました。それから、抗うつ薬の効果を初めて目の当たりにした時にもやはり同様の感激がありました。また、患者さんの症状が改善して、ご本人・ご家族から、ありがとうございましたと言われたときも、本当に嬉しいと感じます。治療に対して真面目な姿勢の患者さんが多く、また大変感謝していただけるので日々の診療においても喜びを感じることが多く、このことが、忙しくてもPD診療を続けていける活力になっていると思います。
このような患者さんたちの気持ちに応えるために、私は患者さんときちんと対面して何が問題なのかを聞き、結論が出ないことであっても自分なりの解釈を伝えるよう努めています。良い治療法がない場合は、その旨を伝えたうえで、どのような工夫があるかをお話しし、腰の痛みなど、他科を受診していただく必要がある問題であっても、PDとの関係を丁寧に説明することでPDの主治医としての役割を果たすよう努めています。このようにして、患者さん、ご家族、医師の三者で、治療に対する考えを共有し、共感し合うことで、一緒に治療を創り上げていくことがPD診療における重要なポイントであり、また常にPDという疾患に興味を持って診療を続けていくことが大切であると感じています。