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大腸癌治療における リアルワールドエビデンス(RWE)の意義

メディカルアフェアーズ情報

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大腸癌治療におけるリアルワールドエビデンス(RWE)の意義 ―実臨床に根ざしたエビデンスの価値と未来
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大腸癌治療におけるリアルワールドエビデンス(RWE)の意義 ―実臨床に根ざしたエビデンスの価値と未来

大腸癌治療では、従来のランダム化比較試験(RCT)だけでは捉えきれない、実臨床における多様な患者背景や治療実態が存在します。こうした医療現場の実情を補完する手段として、リアルワールドデータ(RWD)から得られるリアルワールドエビデンス(RWE)の活用が重要です。今回、大阪国際がんセンター 消化器外科の賀川義規先生に、大腸癌治療におけるRWEの意義、活用事例、そして今後の展望についてお話を伺いました。
 
 

賀川 義規 先生
大阪国際がんセンター 消化器外科 副部長 大腸外科長 直腸がんセンター長

2002年富山医科薬科大学卒業後、関西ろうさい病院や大阪急性期・総合医療センターなど関西の基幹病院で消化器外科診療に従事し、2024年より大阪国際がんセンターに勤務。直腸癌の集学的治療やロボット支援手術を専門とし、日本初のTotal Neoadjuvant Therapy(TNT)の多施設共同試験を主導。近年はRWDを用いた薬剤の有効性・安全性の検証や国際的な共同研究にも参画。RWDを用いた研究の成果はNCCNガイドラインにも引用されるなど、国際的に高く評価されている。
 

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大阪国際がんセンター 消化器外科 副部長 賀川 義規 先生|大腸癌治療とリアルワールドデータ研究の専門家

 

大腸癌領域で身近なリアルワールドデータ(RWD)
~NCDやSCRUM-Japan、MDVデータの活用~

 

大腸癌領域の身近なRWDとして、患者レジストリでは外科領域の代表的なデータソースであるNational Clinical Database(NCD)が挙げられます。累計2,800万件超の外科手術症例が登録された大規模なデータベースであり、大腸癌手術における術式選択の傾向や術後合併症、周術期死亡率といった臨床成績を全国規模で把握できる点で非常に有用です1)。また全国がんゲノムスクリーニングプロジェクトであるSCRUM-Japanの消化器癌領域では、「GI-SCREEN-Japan」及びその後継の「MONSTAR-SCREEN」において、希少な分子変異を有する患者さんの臨床・ゲノム情報を前向きに収集しています。これらのレジストリは、Precision Medicineの実践やバイオマーカー研究、治験への橋渡しに重要な役割を果たしており、日本におけるがんゲノム医療の基盤の一つとなっています2,3)表1)。
 

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大腸癌領域で活用される代表的な患者レジストリ|NCD・SCRUM-Japan
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大腸癌領域で活用される代表的な患者レジストリ|NCD・SCRUM-Japan

他には診断群分類包括評価(Diagnosis Procedure Combination:DPC)データがベースとなるメディカル・データ・ビジョン株式会社4)のデータベース、通称MDVデータがあり、私自身もRWDとしてMDVデータを用いた研究を進めてきました5,6)。薬剤の使用や医療費などを追跡できるデータベースであり、後向き解析に適しています。さらには、電子カルテの統合データベースも今後の活用が期待されています。大阪国際がんセンターや大阪大学関連施設でも電子カルテデータを統合して、治療経過や有害事象を多施設で収集する取り組みを進めています(AI創薬プラットフォーム事業)7)
 

 

研究者として:リアルワールドデータ(RWD)から信頼性の高いエビデンスを得るには?
~データの収集・解析方法がポイント~

 

研究者としてRWDから信頼性の高いエビデンスを導くには、データの収集・解析方法が非常に重要です。特に注意すべきポイントを以下に示します。
 
1. 研究目的に適したデータベースを選定する(例:がん患者ステージ別の詳細な治療パターンの実態調査⇒MDVデータ)。
2. 対象患者を明確に定義したうえで抽出する(例:保険請求データ上の「大腸癌」)。
3. 収集データの解析時には適切な統計手法を使用する(例:交絡因子調整のための傾向スコアマッチング)。
※データ使用時には倫理的な配慮及び個人情報の適切な管理を徹底する。
 
加えて、データベースにはそれぞれの特徴や限界があります。例えば、MDVデータは収集項目が限られるため、設定するアウトカムの定義や治療中止の基準等について、先行研究などを参考にしながら自ら設定する必要があります。これらを厳密に設けることで、解析における情報のノイズを最小化し、より高い信頼性と妥当性を備えたエビデンス創出が可能となります。

 

臨床医として:リアルワールドデータ(RWD)・リアルワールドエビデンス(RWE)の限界やRCTとの違いを理解したうえで有用なエビデンスを読み解く

 

臨床医として、RWDやRWEの限界と特性を理解しながら、RCTとの違いを意識して診療に活用しています。RCTでは厳密な適格基準が設けられており、全身状態が比較的良好な患者さんが対象となることが多いため、治療効果が高く示されることがあります。一方で、RWDには高齢者、複数の併存疾患や重複がんのある患者さんなど、より多様な背景を持つ方々が含まれ、実臨床に近い患者像を反映しています。
 
また、RWDを用いた研究には、収集項目やデータの一貫性に限界があるため、どのような対象にどのような比較が行われているかを正確に把握することが重要です。そのうえで、RWEの結果がRCTの結果と一致する場合には、臨床試験で示された有効性が実臨床においても妥当である可能性が支持されます。すなわち、状態の良い患者集団のデータが本当に実臨床の幅広い患者層にも反映できるかをRWEから知ることができます。
 
RWEを理解するうえでは、保険制度から生じる日本と海外のデータの違いを理解しておくことも必要です。日本には国民皆保険制度があるため、患者さんが幅広い治療選択肢にアクセスしやすく8)、薬剤使用率も比較的高いとされています9)。これらの要因が、生存期間延長などの良好なアウトカムに一定の影響を与えている可能性が示唆されています。RWEが日本発か、海外発かという点もRWEをひも解くための重要なカギとなります。

 

RCTでは見えない“実臨床”を捉えるリアルワールドエビデンス(RWE)の価値

 

RCTが高度に管理された医療環境における治療の「有効性(efficacy)」を検証するのに対し、RWEは日常臨床の中で得られるデータに基づき、現実の医療現場における「有用性(effectiveness)」を評価できる点に大きな意義があると考えています10,11)。また、RWEは実臨床に近い患者集団から得られた治療成績によってRCTの結果を補完できる点で必要不可欠なものです。
 
実際に大腸癌領域では、RWEが国際的に評価されている事例もあります。例えば、大腸癌の治療レジメンに関して、欧米を中心とした第Ⅲ相試験の結果12)と日本のRWE5)がほぼ同時期に発表され、RCTによる有効性をRWEが裏づける形となりました。他に術後補助療法後に再発したadjuvant failureの患者さんに対する血管新生阻害薬の上乗せ効果等についても、RCTの結果をRWEが裏づけています6)。こうした研究により、より多様な患者背景における治療効果や安全性が確認され、私たち臨床医が治療を選択・処方する根拠となっています。
 
また、RWEは表2に示したように、迅速なエビデンス創出、大規模解析、及び治療レジメン間の比較検討の実現という観点から高い価値を有しています。

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リアルワールドエビデンス(RWE)の価値|迅速なエビデンス創出・大規模解析・治療レジメン比較の実現
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リアルワールドエビデンス(RWE)の価値|迅速なエビデンス創出・大規模解析・治療レジメン比較の実現

 

リアルワールドエビデンス(RWE)を取り巻く環境の変化と、私自身の意識の変化

 

私が医師になった2000年代初頭は、リアルワールドデータという言葉自体が一般的ではなく、エビデンスといえばRCTや単施設の後向き研究が中心でした。当時は電子カルテも普及しておらず、大規模な臨床データの蓄積や解析の基盤も整っていなかったため、データを一つ一つ手作業で拾い上げながら治療方針を考えていた時代でした。それが現在では、電子カルテの普及やNCDのような全国規模のデータベースの整備、さらにはMDVデータやARCAD13)といった多施設・多国間のデータ統合の仕組みも進み、RWEを活用できる社会的な基盤が大きく育ってきたと感じています。
 
こうした変化に伴い、この20年で私自身のデータの見方も大きく変わりました。以前は、自分が診た患者さんの治療成績を基に次の治療を考えていましたが、今では大規模データから得られる傾向を踏まえて、新しい治療の有用性を判断し、治療方針を決定するようになりました。もともとは「リアルワールドデータって何だろう」と半信半疑なところから始まりましたが、実際に研究に携わる中でその重要性に気づかされました。
 
また、私の周囲でも、単施設での研究に限界を感じ、多施設や全国規模のデータを活用しようという動きが広がっています。RCTはもちろん重要ですが、それと並んで日々の診療における意思決定を支える柱として、RWEの存在感は確実に高まっていると実感しています。
 

 

日本の大腸癌診療におけるリアルワールドエビデンス(RWE)の例①:NCDを用いた直腸癌の低位前方切除術におけるロボット支援手術と従来の腹腔鏡下手術の治療成績の比較

 

RCTでは実施が難しい手術手技の比較においても、RWDを活用することで有用なエビデンスを得ることが可能です。一例として、NCDを活用した直腸癌の低位前方切除術におけるロボット支援手術と腹腔鏡下手術の周術期に関するRWD研究が挙げられます14)
 
この研究では、2018年から2019年にNCDに登録された症例を傾向スコアマッチングにより交絡因子を調整したうえで、ロボット支援手術群と腹腔鏡下手術群(各2,843例)を比較しました。ロボット支援手術では、開腹移行率が有意に低く(0.7% vs 2.0%、p<0.001*1、名目上のp値)、術中出血量も有意に少ない結果となりました(中央値:15 mL vs 20 mL、p<0.001*2、名目上のp値)。一方で、手術時間は有意に長くなったものの(中央値:352分 vs 283分、p<0.001*2、名目上のp値)、在院死亡率(0.1% vs 0.5%、p=0.007*1、名目上のp値)や入院期間(中央値:13日 vs 14日、p<0.001*2、名目上のp値)などの短期成績においても、ロボット支援手術の有用性が示されました。
 
2018年に直腸癌に対するロボット支援手術が保険収載されて以降、こうした実臨床での有用性を裏づけるデータが得られたことは、ロボット支援手術の普及を後押しする重要な成果といえます。特に、出血量の減少や入院期間の短縮(患者さんの回復が早くなった)といったアウトカムの改善は、臨床現場での実感とも一致しており、NCDを活用したRWEによって明確に可視化された点は大きな意義があります。加えて、NCDの活用により短期間で数千例規模の症例を用いた比較検討が可能となった点も特筆すべきです。
 
さらに、海外のRCT15)とも類似した傾向が示されており、日本の実臨床におけるロボット支援手術の有用性を国際的にも裏づける結果となっています。今後はRWEを活用したうえで、より難易度の高い症例に対してもロボット支援手術を積極的に検討していくことが期待されます。

*1 McNemar検定又はMcNemar正確確率検定、*2 Wilcoxon符号順位検定

交絡因子:年齢、性別、BMI、日常生活動作、ASA身体状態グレード、喫煙状況、習慣的なアルコール摂取、慢性ステロイド使用、体重減少、高血圧、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患、うっ血性心不全、透析、虚血性心疾患、脳血管疾患、出血性疾患、術前輸血、術前補助化学療法、術前補助放射線療法、TNM臨床病期分類

目的:日本の直腸癌患者の低位前方切除術におけるロボット支援手術と腹腔鏡下手術の周術期結果を比較すること。
対象:日本国内で2018年10月~2019年12月にロボット支援手術又は腹腔鏡下手術で治療された直腸癌患者20,220例。
方法:NCDに登録された患者データを使用し、傾向スコアマッチングを用いて交絡因子を調整し、ロボット支援手術群と腹腔鏡下手術群(各2,843例)の周術期結果を比較した。主要評価項目は開腹移行率であった。カテゴリ変数の比較にはMcNemar検定又はMcNemar正確確率検定を、連続変数の比較にはWilcoxon符号順位検定を使用した。
Limitation:患者コホートは後向きに分析され選択バイアスが含まれていた、傾向スコアマッチングで過去の腹部手術、リンパ節郭清の程度、回避ストーマの作成などについて調整されなかった、腫瘍の位置に関する情報が不足していた、外科医の経験が評価されなかった。

14)Matsuyama T, et al. BJS Open. 2021; 5(5): zrab083. 

 

 

日本の大腸癌診療におけるリアルワールドエビデンス(RWE)の例②:術後補助療法後の早期再発例における二次治療の継続期間

 

進行再発大腸癌に対する治療戦略の検討においても、RWEは新たな臨床的な気づきをもたらしています。術後補助療法後の早期再発例におけるRWE 6)において、血管新生阻害薬(AA)群又はEGFR抗体薬群の治療中止までの期間中央値[mTTD(95%CI)]は、再発までの期間が6ヵ月以内の場合ではAA群で6.1ヵ月(5.5-6.5)、EGFR抗体薬群で5.8ヵ月(5.1-7.8)、また6〜12ヵ月の場合ではAA群で8.1ヵ月(6.1-9.2)、EGFR抗体薬群で6.2ヵ月(4.6-8.0)でした。これは再発までの期間が極めて短い症例が分子生物学的に予後不良である可能性を示唆するものであり、従来の臨床感覚を裏づける重要な知見といえます。
 
このようなRWEに基づく知見は、早期再発例に対して従来以上に積極的な治療介入や新規治療薬の検討を促す契機となり、実臨床における治療方針の再構築に寄与しています。 
 
さらに、腫瘍の部位や患者背景による治療反応性も比較されました。例えば、AA群又はEGFR抗体薬群のmTTD(95%CI)は、左側大腸癌ではAA群で6.5ヵ月(6.1-7.6)、EGFR抗体薬群で6.2ヵ月(5.3-7.8)、右側大腸癌ではAA群で5.6ヵ月(4.8-6.7)、EGFR抗体薬群で3.9ヵ月(2.1-7.4)でした。この結果は、右側大腸癌における分子生物学的特性(RAS/BRAF遺伝子変異の高頻度等)を反映したものであり、薬剤選択の最適化に向けた重要な知見です。
 
また、70歳以上の年齢は二次治療の継続期間の短縮と有意に関連しており(ハザード比:1.2、95%CI:1.0-1.4、p=0.03、名目上のp値)、高齢者における治療強度の調整や支持療法の充実がより重要であることが再認識されました。
 
このように、RWEは従来の臨床感覚を裏づけるだけでなく、新たな視点からの治療戦略の構築を可能にするものであり、日々の診療を改善する基盤となっています。

*多変量Cox比例ハザードモデル

目的:術後補助化学療法(FOLFOX/CAPOX)後に早期再発し、FOLFIRI+血管新生阻害薬又はFOLFIRI+EGFR抗体薬による二次治療を受けた大腸癌患者における患者背景、治療シークエンス及び治療期間を評価すること。
対象:2014年11月~2023年3月に日本国内の急性期病院で大腸癌切除術を受け、術後3ヵ月以内にFOLFOX/CAPOXを開始し、12ヵ月以内に再発した成人患者832例(血管新生阻害薬群:603例、EGFR抗体薬群:229例)。
方法:後向きコホート研究として、MDVデータを用いて患者背景、治療シークエンス、二次治療の治療中止までの期間(TTD)中央値(mTTD)及び治療期間に関連する因子を評価した。サブグループ解析として、再発時期(≦6ヵ月 vs 6~12ヵ月)及び腫瘍占拠部位(左側 vs 右側)による比較も実施した。TTDはKaplan-Meier法で解析し、関連因子は多変量Cox比例ハザードモデルで評価した。
Limitation:MDVデータの性質上、次の限界があった:小規模医療機関の患者は含まれなかった、複数病院で治療を受けた患者の追跡は行われなかった、病期やバイオマーカーと関連する治療パターンの解析及び無増悪生存期間や生存率に関する詳細な分析を実施できなかった。また対象は二次治療に生物学的製剤を使用した患者に限定されており、大腸癌患者全体への一般化には限界があった。

6)Kagawa Y, et al. Target Oncol. 2024; 19(4): 575-585.

 

 

日本の大腸癌診療におけるリアルワールドエビデンス(RWE)の例③:転移性大腸癌の一次治療における治療強度と患者背景

 

高齢化が進む日本において、大腸癌治療では高齢者や日常生活動作(ADL)が低下した患者さんへの対応が重要な課題です。こうした患者群はRCTでは除外されることが多く、治療方針の決定においてRWEが果たす役割は大きいといえます。
 
実際にMDVデータを用いた解析16)では、転移性大腸癌の一次治療においてLess intensive therapy群はIntensive therapy群と比較して年齢[中央値(範囲):75.0(28.0-90.0) vs 67.0(21.0-90.0)]、バーセル指数が100未満の患者割合(21.0% vs 10.4%)が有意に高い結果となりました(ともにp<0.001、名目上のp値)。これは後期高齢者やADL低下例では集学的治療が避けられ、治療強度を落としたレジメンが選択されている傾向を示しています。 
 
この知見は、臨床医が患者さんの年齢やADLを考慮して副作用リスクを慎重に評価したうえで、多剤併用療法ではなく減量や単剤療法の選択により治療強度を調整している実態を裏づけるものであり、従来の臨床感覚をデータで可視化した点で意義があります。一方で、本研究での治療選択は標準化された基準に基づくものではなく、医師の裁量に依存しているため、年齢だけで画一的に治療強度を下げることを推奨しているわけではない点に注意が必要です。数値で測ることが難しい治療意欲なども含め、複合的な要素を踏まえた個別化が求められます。

*Wilcoxon順位和検定

目的:転移性大腸癌患者の一次治療におけるIntensive therapy群とLess intensive therapy群のベースライン特性と有効性を後方視的に比較すること。 対象:2008~2019年に国内で大腸癌と診断され、ステージⅣの大腸癌に対する一次治療(推奨化学療法)を受けた患者4,462例(Intensive therapy群:3,829例、Less intensive therapy群:633例)。
方法:本研究は後向き観察研究であり、MDVデータを使用した。Intensive therapy群(フルオロピリミジン+オキサリプラチン及び/又はイリノテカン、分子標的薬を併用した場合あり)とLess intensive therapy群(フルオロピリミジン単剤、フルオロピリミジン+ベバシズマブ、EGFR抗体薬単剤)における性別、年齢、ADL、併用薬(抗がん剤を含む)の処方日、診断コード、入院患者数、病院規模、がん診療連携拠点病院に関するデータを収集した。主要評価項目はTime to Treatment Failure[TTF:初回化学療法の開始から治療終了又は死亡(いかなる原因によるもの)までの期間]であった。カテゴリ変数の比較にはPearsonのX2検定、連続変数の比較にはWilcoxon順位和検定を使用した。
Limitation:患者のベースライン特性に関するデータが限られていた、無増悪生存期間や奏効率を評価できなかった、安全性解析を実施できなかった、等。

16)Yamazaki K, et al. Future Oncol. 2023; 19(39): 2569-2583.

 

 

リアルワールドエビデンス(RWE)が大腸癌患者さんの治療成績やQOLに与える影響

 

RWEの活用は、患者さんの長期予後やQOLを改善するうえで大きな可能性を秘めています(表3)。特に外科領域では、ロボット支援手術などの新しい手術手技が、術後の長期予後や再発率、生存率にどのような影響を与えるのかを検討することが重要です。RCTでは短期成績の評価にとどまりがちですが、全国規模のデータ解析を通じて術式ごとの長期的なアウトカムを把握できる点は、RWEの大きな強みといえます。ロボット支援手術による長期予後の改善が示されれば、それは本手技の保険診療での導入が国民の利益に直結したことを証明する、大きな前進となります。
 
さらに、RWEを通じて患者さんのQOLや治療体験を可視化することにも期待が寄せられています。単に生存期間を延ばすだけでなく、「苦しい思いをせず、満足度の高い生活を送れるか」という観点が重視される中で、患者報告アウトカム(PRO)や治療体験を測定できる仕組みをRWDに取り入れることが求められています。こうしたデータをAIやデジタルツイン技術と組み合わせることで、患者さん一人一人に最適な治療を選択する「個別化医療」の実現に近づくと考えられます。
 

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リアルワールドエビデンス(RWE)の可能性|長期予後とQOL改善
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リアルワールドエビデンス(RWE)の可能性|長期予後とQOL改善

この未来は決して遠いものではありません。国も電子カルテ情報の統合やHL7 FHIR*1の活用、マイナンバーカードを通じたデータ収集など、メガデータ基盤の整備を進めています17)。これにより、匿名化された大規模データを安全に活用し、より個別化された治療法を提供できる体制の構築が期待されています。こうした取り組みは、Society 5.0*2,18)の一環として推進されており、RWEを活用した個別化医療の実現に向けた大きな一歩となるでしょう。
 
また、今後RWEの活用が進むことで、患者さんだけでなく、医療従事者やケアチーム全体の満足度向上にもつながると期待されています。

*1 Fast Healthcare Interoperability Resources:HL7 Internationalによって作成された医療情報交換の次世代標準フレームワーク。医療の診療記録等のデータの他、医療関連の管理業務に関するデータ、公衆衛生に係るデータ及び研究データも含め、医療関連情報の交換を可能にするように設計されている。

*2 第5期科学技術基本計画で提唱された「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」。   

 

 

リアルワールドエビデンス(RWE)の進化と展望①:薬事承認プロセスへの活用と今後の展望

 

世界的に規制当局がRWDを薬事承認プロセスに組み込む動きが確実に進んできています。実際に大腸癌領域でRWDが薬事審査で活用された日本の事例19)を紹介します。
 
RAS野生型HER2陽性転移性大腸癌を対象としたTRIUMPH試験は単群の第Ⅱ相試験であり、抗HER2抗体併用療法の有効性が評価されました。HER2陽性大腸癌は切除不能大腸癌患者さんの2~3%にあたる希少フラクションです。HER2陽性の割合が比較的高い乳癌で標準療法となっている抗HER2療法を大腸癌に適応拡大するにあたり、希少フラクションでのランダム化が困難である点が障壁となりました。そこで、本試験ではSCRUM‑Japanのレジストリデータを用い、標準治療を受けた外部対照群を設定して疑似的な比較検討を行いました。
 
最良奏効の結果は表4に示したとおりで、主要評価項目であるORR(95%CI)はHER2組織陽性群で8/27例[30%(14-50)]、HER2 ctDNA陽性群で7/25例[28%(12-49)]、外部対照群で0/13例[0%(0-25)]でした。得られた結果の一部は薬事承認審査で有効性を支持する根拠として扱われました。
 

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HER2陽性転移性大腸癌における抗HER2療法群(HER2組織/ctDNA陽性群)と外部対照群(SCRUM-Japanレジストリ群)の有効性比較(最良奏効)
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HER2陽性転移性大腸癌における抗HER2療法群(HER2組織/ctDNA陽性群)と外部対照群(SCRUM-Japanレジストリ群)の有効性比較(最良奏効)

目的:日本人RAS野生型HER2陽性転移性大腸癌患者において、腫瘍組織又はctDNA解析によりHER2増幅が確認された患者に対するペルツズマブ+トラスツズマブ併用療法の有効性を評価すること(第Ⅱ相TRIUMPH試験:多施設共同、非盲検、単群)。
対象:2018年1月~2019年7月に登録された日本人RAS野生型HER2陽性転移性大腸癌患者30例(組織陽性群:27例、ctDNA陽性群:25例)及びSCRUM‑Japanレジストリからの外部対照群13例。
方法:HER2増幅は腫瘍組織又はctDNA解析により確認し、ペルツズマブ+トラスツズマブ併用療法を実施した。SCRUM-Japanレジストリから標準治療を受けた外部対照群を設定した。主要評価項目は治験責任医師の評価によるORRであった。ORRの95%CIはClopper and Pearson法を用いて算出した。
Limitation:サンプルサイズが比較的小さかった、レジストリ対照群を用いた。

19)Nakamura Y, et al. Nat Med. 2021; 27(11): 1899-1903.

本試験は、単群試験で何を対照にして有効性を示すかという課題に対して解決策を提示したお手本のような臨床試験で、実際にRWDを対照群として新規薬剤が承認された点は臨床開発の観点からも画期的です。今後は規制当局もRWDの活用に対してさらに前向きになっていくと期待しています。ただし、そのためにはデータ品質の確保と適切なバイアス調整が欠かせず、従来より厳密な手法で信頼性の高いRWDを創出することが求められています。規制当局としては活用したい意向があっても、一般に収集された保険請求データ(MDVデータ等)をそのまま対照群に用いるのは難しい面があります。そこで、研究者と規制当局の双方で協力し、薬事評価にRWDを取り入れる枠組みを整備していく必要があります。
 
この枠組みが確立され、質の高いRWDが蓄積されていけば、従来のプラセボ対照群を必ずしも用いない開発、あるいは外部対照群としてRWDを活用した開発も現実的な選択肢となっていくでしょう。RWDには様々なタイプがあり、MDVデータやNCDのような広域データもあれば、治療開発に活かす目的で精緻に収集されたデータもあります。今後は、どの目的でRWDを収集し、どのように活用するのかという設計思想を明確にすることが、RWEを価値あるエビデンスとして患者さんに還元するためのカギになると考えます。
 

 

リアルワールドエビデンス(RWE)の進化と展望②:多次元データの統合と個別化医療への展望

 

今後のRWEの進化においては、先述のように電子カルテ情報の統合やAI解析、デジタルツイン技術の活用などを通じて、個別化医療の実現が加速すると予測されます。これらの技術により、患者さん一人一人の病態や生活背景に応じた、より精緻な治療選択が可能になると期待されています。
 
加えて、最近ではウェアラブルデバイスから得られる活動量や心拍数などのバイタルデータ、PROなどもRWDとして注目されています。今後は患者さんの日常生活データや、症状の経過、副作用などを含めた生活情報を包括的に収集・活用することで、従来は捉えきれなかった予後因子の発見や、患者層に応じたPrecision Medicineの提供が可能になると考えられます。
 
こうした日常生活に関する情報は、従来の電子カルテには含まれておらず、RWDとしては見落とされがちでした。しかし、これらの情報を統合的に扱うことで、患者さんのQOLや治療体験の質を高める新たな医療の可能性が広がります。実際、ASCOなどの国際学会でも、日常的な運動などの生活習慣が長期予後に影響を与える可能性が示唆されています20)
 
一方で、こうした取り組みにはプライバシー保護の課題も伴います。患者さんの生活情報を扱ううえでは、個人情報の適切な管理と倫理的配慮が不可欠です。AI解析による治療最適化が進む中でも、患者さんの安心と信頼を得ながら、質の高いRWEを創出していく体制づくりが求められます。

【出典】

1)一般社団法人National Clinical Database. 代表理事ごあいさつ
https://www.ncd.or.jp/about/(2025年11月20日閲覧) 

2)国立研究開発法人 国立がん研究センター 東病院. SCRUM-Japanとは
https://scrum-japan.ncc.go.jp/about-scrum-japan/about/(2025年11月20日閲覧) 

3)国立研究開発法人 国立がん研究センター. 産学連携全国がんゲノムスクリーニング「SCRUM-Japan」 第五期プロジェクトを開始
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2024/0924/index.html(2025年11月20日閲覧) 

4)メディカル・データ・ビジョン株式会社. MDVについて
https://www.mdv.co.jp/about/(2025年11月20日閲覧)

5)Kagawa Y, et al. ESMO Open. 2023; 8(4): 101614. 
著者に武田薬品工業株式会社から講演料を受領している者が含まれる。

6)Kagawa Y, et al. Target Oncol. 2024; 19(4): 575-585. 
著者に武田薬品工業株式会社から謝礼金、助成金等を受領している者が含まれる。

7)地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪国際がんセンター. Press Release(2024年10月24日)
https://oici.jp/center/news/3525/(2025年11月20日閲覧)

8)大腸癌研究会(編): 大腸癌治療ガイドライン 医師用 2024年版. 金原出版. 2024.

9)Kawakami T, et al. Cancer Med. 2022; 11(11): 2184-2192.
著者に武田薬品工業株式会社から謝礼金等を受領している者が含まれる。

10)康永秀生, 他. 超入門!スラスラわかる リアルワールドデータで臨床研究(第1版). 金芳堂. 2019.

11)一般社団法人National Clinical Database. 代表理事ごあいさつ. 
康永秀生. 医学のあゆみ. 2023; 284(8): 564-567.

12)Prager GW, et al. N Engl J Med. 2023; 388(18): 1657-1667.
著者に武田薬品工業株式会社から顧問料を受領している者が含まれる。 

13)国立研究開発法人 国立がん研究センター 東病院. ARCADアジア(Aide et Recherche en Cancérologie Digestive Asia:アルカドアジア)とは
https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/arcadasia/about/index.html(2025年11月20日閲覧)

14)Matsuyama T, et al. BJS Open. 2021; 5(5): zrab083.

15)Jayne D, et al. JAMA. 2017; 318(16): 1569-1580.

16)Yamazaki K, et al. Future Oncol. 2023; 19(39): 2569-2583.
著者に武田薬品工業株式会社から謝礼金、助成金を受領している者が含まれる。 

17)厚生労働省. 電子カルテ情報共有サービスについて(令和6年10月30日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001322787.pdf(2025年11月20日閲覧) 

18)内閣府. Society 5.0
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html(2025年11月20日閲覧) 

19)Nakamura Y, et al. Nat Med. 2021; 27(11): 1899-1903. 
著者に武田薬品工業株式会社から謝礼金、助成金を受領している者が含まれる。 

20)Booth CM, et al. J Clin Oncol 43, 2025 (suppl 17; abstr LBA3510). 
著者に武田薬品工業株式会社から謝礼金を受領している者が含まれる。