〈スマート診療術1〉課題の洗い出しはDXの第一歩
来院した患者さんを、できるだけ待たせたくない。しかし診察室では、可能な限り丁寧に向き合いたい。これは、多くの医師が日々直面している葛藤ではないでしょうか。
この課題に真正面から取り組んでいるのが、熊本県熊本市で心療内科・精神科クリニックを開設する中田滋寛先生です。診療支援ツールやグループチャットを活用するほか、独自開発のAIアプリも導入。診療の質を担保しながら業務効率を高める、その実践は「スマート診療術」と呼ぶにふさわしい取り組みです。
第1回は、中田先生ご自身が感じてきた診療の課題と、医療DXの道のりについて、お話を伺いました。診療科や施設の規模を問わない診療業務のスマート化のヒントが詰まっています
本記事は、2026年1月27日時点(インタビュー日)の情報に基づいています。本記事にはインタビューに応じた医師個人の見解が含まれますが、所属医療機関を代表するものではありません。また、あくまで参考意見であり、弊社として当該意見の妥当性を保証したり、所属医療機関や記載のサービス等を推奨するものではありません。生成AIを用いたサービス等には、入力情報の学習用データとしての取り込み等による情報漏洩の可能性、誤情報の出力、生成物による著作権侵害等のリスクが含まれる場合があります。これらのリスクの一部は、ファクトチェックや学習用データとして利用されないための「オプトアウト申請」等で低減できる可能性があります。AI技術の発展とその適用には予測不能の面があり、本記事から得た情報に基づき生じた結果に関して、弊社等は一切の責任を負いかねます。ご了承の上、ご自身の責任にてご利用ください。
最初の課題は「患者さんを待たせない」
私が院長を務める「よやすクリニック」は、熊本市中央区にある心療内科・精神科クリニックです。2005年に開業し、今年で21年目を迎えました。JR熊本駅や平成駅から車で10分圏内の住宅街という立地もあって、来院されるのは会社員や高齢者が中心です。
開業当初は、カルテは紙、受付は来院順。予約は電話か窓口で、というアナログな診療体制でした。当時はそれが標準でした。
転機は2008年頃です。地域のメンタルクリニックとしての認知が広がり、患者数が増加。診療開始前に順番待ちの行列ができるようになりました。そこで、これを解消するために順番受付システムを導入。あわせて電子カルテも導入し、診療体制のデジタル化を進めました。
さらに数年後、今度は診断書作成の効率化に着手しました。心療内科や精神科では診断書作成の依頼が多く、医師の負担も小さくありません。そこで、診断書作成ソフトを自作しました。
自作といっても、プログラミングの高度な知識があるわけではないので、いわゆるローコード開発型のデータベース構築システムであるFileMaker(ファイルメーカー)を使いました。このシステムでは、必要最小限のコードを書くだけで、患者さんのデータベースから必要な情報を抽出し、あらかじめ設計した診断書フォーマットに自動反映させる仕組みを直観的に構築できました。
その結果、診断書の作成業務は大幅に効率化され、診療時間を本来の「患者さんと向き合う時間」に近づけられるようになりました。

コロナ禍で第2次DX開始
その後10年ほどは同じシステム体制で診療していましたが、コロナ禍を契機に“第2次DX”がスタートしました。まず、感染対策として、オンライン診療とセミセルフレジ、キャッシュレス会計を導入したのですが、それをきっかけに改めて業務全体を俯瞰。その結果、デジタル技術で解決できそうな課題がいくつも見えてきたのです。
その1つが初診の予約です。当時、紹介状のない初診の予約は、毎月特定の日から電話で受け付けていました。ところが、その日は受付開始と同時に電話が鳴り続けるため、2人の事務スタッフは対応に追われ、通常業務が滞るだけでなく、多大な心理的負担がかかっていました。また、以前の順番受付システムの導入で朝早くからの行列こそ解消されたものの、時間枠での予約ではなかったため、結果的にかえって待ち時間が長くなるケースも出ていました。
そして、特に何とかしたいと感じていた課題が、診察中のカルテ記録です。
精神科では特に、患者さんの話の内容だけでなく、声のトーンや表情、仕草といった非言語情報も、診療の質を高めるために重要です。しかし、電子カルテへの記録作業と並行して診察していると、どうしても視線や注意が分散し、重要なサインを見逃しかねません。だからといって、患者さんの顔を見ながらキーボードを打つと、タイピングや変換のミスが多発し、修正の手間がかかります。
また、患者さんに説明する際、複雑な内容は図や絵にすると分かりやすい場合もありますが、紙に手書きして解説すると、カルテ入力は後から行うことになります。そうなると、診察のニュアンスを思い出せず、情報が抜け落ちることがあると感じていました。
電子カルテをより正確に、より効率的に記録できないか。これは以前から抱えていた根本的な課題だったのです。
このほか、診察中の医師とスタッフ間のコミュニケーションも検討すべき課題でした。待合室でトラブルが生じた場合や、外部から緊急の電話が入った場合など、スタッフが速やかに診察室に伝えなければならない場面があります。しかし、診察中にむやみな声がけはできません。必要な情報を、タイムリーに、静かに、確実に伝えられる仕組みが必要でした。
このような課題を再認識したことが、DXをさらに推し進める原動力になりました。
患者さんとスタッフ双方に利便性
そこで、2021年から2024年にかけて段階的にDXを進めました。まず着手したのは、スタッフの負担軽減と患者さんの待ち時間短縮を目的とした予約システムの見直しです。
初診予約は紹介以外、ウェブに一本化しました。当院では、高齢者はかかりつけ医からの紹介であることが多く、そのほかの初診患者さんは比較的若い方が多いので問題ないだろうと考えたのですが、実際に大きな混乱なく受け入れられました。
患者さんには原則として当クリニックの公式LINEアカウントに友達登録をお願いしており、再診予約はウェブとLINEでも受け付けています。
午前は順番予約制を採用しており、自分の順番があと5人になると患者さんのLINEに通知が届きます。午後は30分枠の時間帯予約制としており、待ち時間が30分以内に収まるように受付人数を定めています。
午前診療だけ順番予約にしているのは、午前中であれば人数が多少増えても、昼休みを調整すれば対応できるからです。ここで、急に具合が悪くなった方や予定外で受診する方をカバーできるようにしています。一方、午後診療まで順番予約で受けてしまうと、診療が時間内に終わらず、スタッフの残業につながる可能性が高まります。そのため時間帯予約として、終了時間が見える体制にしました。
こうした運用により、患者さんへの柔軟な対応と、スタッフの残業削減を両立できています。実際、「待たずに診てもらえて便利」という患者さんの声を聞くようになりました。また、セミセルフレジの導入でレジ締め作業が効率化したこともあり、診療終了から10分後にはスタッフが終業できるようになりました。
さらに診療時間の質を高めるため、ウェブ問診システムも合わせて導入しました。患者さんはウェブ予約が終了するとウェブ問診に誘導され、症状や相談内容を記入できます。最大2,000文字まで自由に書き込める欄や、MBC(Measurement-Based Care:測定に基づくケア)に基づいた評価尺度も、問診に組み入れています。
これにより、診察前に患者さんの主訴や背景、場合によってはMBCのための客観的指標まで把握した上で、診察に臨むことが可能になりました。問診を手書きする患者さんは、ほぼいなくなりました。予約日から診察日までの間にリマインドを送っていますし、来院してから書く場合も、タブレットをお貸しして自分で記入いただいています。

さらに独自のアプリ開発も
後述しますが、当院ではウェブ予約やウェブ問診以外にも、DXによる多方面の業務改善を進めてきました。そのほとんどは既存のシステムやサービスを活用したものです。しかし、医療の質に直結する「診察時のタスク効率化」については、市販のツールでは不十分だと感じ、独自にアプリを開発しました。
プログラミングの専門家ではない私が、独自のアプリを開発し、形にできたのは、ChatGPTをはじめとする生成AIの飛躍的な進化があってこそだと考えています。システムにAIを組み込んだだけでなく、設計や実装の段階でも、分からないことをその都度AIに問いながら構築を進めました。いわば、AIと二人三脚で作り上げたアプリです。
今回お話ししたような「困りごと」から出発する課題解決型で取り組んだことも、結果的に奏功したと感じています。目的が曖昧なままDXを進めていれば、ツールの機能や価格といったスペック比較に終始していたかもしれません。本来、ツールは使用者の負担を減らすための手段です。最初に課題意識があったからこそ、現場に根差したDXが実現したのだと思います。
次回は、私が開発したアプリの具体的な仕組みを中心に、「スマート診療術」の中身について詳しくお話しします。
中田 滋寛 先生
よやすクリニック 院長 精神保健指定医
1990年京都大学理学部卒業、同年長崎大学医学部入学。1996年同大学卒業後、熊本大学医学部附属病院(現 熊本大学病院)神経精神科入局。国立熊本病院(現 国立病院機構熊本医療センター)精神科、千葉県精神科医療センター(現 千葉県総合救急災害医療センター)、医療法人佐藤会弓削病院での勤務を経て、2005年よやすクリニックを開設、現在に至る。心療内科・精神科の診療のかたわら、多岐にわたるツールを活用し、クリニックのDXに積極的に取り組んでいる。診察時のカルテ記載を効率化する要約AIアプリを独自開発し、診療の効率化と質向上の両立を果たしている。