厚労省が患者申出療養の令和3年度実績を報告
令和3年度は7種類の技術が23施設・208人に実施される
2022.03.01
厚生労働省(厚労省)は令和4年1月21日、第30回患者申出療養評価会議を開き、同3年度(令和2年7月1日~同3年6月30日)における患者申出療養の実績について報告した。それによると、同3年度には7種類の技術が患者申出療養として、23施設で208人に実施された。その総金額は約1.9億円で、その半分程度が保険診療として対応された医療費である。また、最近において多く用いられている技術は、遺伝子パネル検査に基づく分子標的治療である。
ポイント
- 平成28年4月から始まり、これまでに12種類の技術を患者申出療養として実施
- 令和4年1月時点で実施されているのは9種類の技術
- 患者申出療養としては近年、「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」が急増
保険外併用療養費制度の一つとして実施
患者申出療養は健康保険法で規定された制度で、困難な病気と闘おうとする患者の思いに国として応えるという理念のもと、患者の「申出」を起点とする新たな保険外併用療養費制度として、平成28年4月から始まった。
通常の保険診療では保険外診療の併用は原則として禁止されていて、それらの併用を行うとしたら、いわゆる混合診療であるとして、保険診療の部分も全額自己負担となる。一方、患者申出療養は保険外併用療養費制度の一つであるため、例えば使用した未承認薬の費用は全額自己負担となっても、入院料など保険給付の対象となる医療費については原則3割の負担ですむ。そのため、治験や先進医療の対象外となるような患者において未承認薬などを使って積極的に治療を行おうとする場合、有力な選択肢となる。
ただし、患者申出療養を行う医療機関には、保険収載に向けたロードマップの作成が求められる。そのため、たとえ患者が強く希望したとしても、既存のエビデンスから判断して有効性がほとんど期待できないような医療技術は、通常、患者申出療養としては成立しない。
患者申出療養としての技術は最終的に厚生労働大臣が定めることになるが、それには文字どおり、患者が国に対して申し出る必要がある。順番としては、まず、患者が主治医・かかりつけ医などに相談したうえで、患者申出療養としての可能性があるなら、臨床研究中核病院で計画書を作ってもらったうえで、国(厚労省)に申し出る。それを受け、厚労省の患者申出療養評価会議で審議し、原則として6週間以内に結論を出す。患者申出療養として定める場合は、厚生労働大臣が告示する。
また、すでに実施されている患者申出療養を患者が希望する場合は、国ではなく臨床研究中核病院に申出を行い、同病院が原則として2週間以内に審査を行う。
総金額のおよそ半分が患者申出療養に係る費用
患者申出療養の制度が始まって約6年が経過するが、その間に、合計で12種類の技術が患者申出療養として実施されてきた。その間に患者申出療養としては取り下げられた患者申出療養としての技術もあり、令和3年度(令和2年7月~同3年6月)においては8種類の技術が存在したが、うち実施されたのは7種類の技術である。(下表)
また、令和4年度(令和3年7月以降)になって、患者申出療養として、「リツキシマブ静脈内投与療法」(対象疾患:難治性慢性炎症性脱髄性多発神経炎)、「ダブラフェニブ経口投与及びトラメチニブ経口投与の併用療法」(同:神経膠腫)が追加されているが、「パクリタキセル腹腔内投与及び静脈内投与並びにS―1内服併用療法」については新規患者の受入が終了し、「耳介後部コネクターを用いた植込み型補助人工心臓による療法」は取り下げられた。したがって、令和4年1月時点では、9種類の技術が患者申出療養として患者を受け入れている、という状況である。
患者申出療養 過去5年間の実績
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実績報告対象期間 |
技術数 |
実施医療機関数 |
全患者数 |
総金額 |
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保険診療分 |
患者 申出療養 |
平成29年6月30日時点で実施されていた患者申出療養 |
H28.7.1~H29.6.30 |
4 |
21施設 |
111人 |
約2.2億円 |
約1.6億円 |
約0.6億円 |
平成30年6月30日時点で実施されていた患者申出療養 |
H29.7.1~H30.6.30 |
4 |
23施設 |
84人 |
約2.3億円 |
約1.6億円 |
約0.7億円 |
令和元年6月30日時点で実施されていた患者申出療養 |
H30.7.1~R1.6.30 |
7 |
24施設 |
38人 |
約0.5億円 |
約0.3億円 |
約0.2億円 |
令和2年6月30日時点で実施されていた患者申出療養 |
R1.7.1~R2.6.30 |
7 |
21施設 |
78人 |
約0.6億円 |
約0.3億円 |
約0.3億円 |
令和3年6月30日時点で実施されていた患者申出療養 |
R2.7.1~R3.6.30 |
8 |
23施設 |
208人 |
約1.9億円 |
約1.0億円 |
約1.0億円 |
- 出典:厚生労働省「患者申出療養評価会議」(令和4年1月21日開催)資料を一部改変
- 注:表中の「総金額」のうち、「患者申出療養」は患者申出療養に係る費用の総額で、患者の自己負担となる。
また、「保険診療分」は保険外併用療養費の総額(保険診療分)であり、この部分は原則3割程度の患者負担となる。
その費用についてみると、患者申出療養での全医療費(総金額)において、患者申出療養に係る費用の総額、保険外併用療養費の総額(保険診療分)が、それぞれ半分という形になっている。患者申出療養に係る費用は患者の全額負担が想定されているが、それ以外の例えば入院費など保険外併用療養費の部分については通常の保険診療と同様に原則3割の自己負担ですむことになる。
令和3年度は患者申出療養の約8割が遺伝子パネル検査に基づく分子標的治療
令和2年度以降、患者申出療養の技術に関して、「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」(対象疾患:根治切除が不可能な進行固形がん)の急増という、特徴的な動きがみられる。例えば、令和3年度(令和2年7月1日~同3年6月30日)に実施された患者申出療養は計208件で、うち78%が「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」である。(下表)
その経緯として、厚労省ががんゲノム医療を推進するため、まず令和元年6月に、がん遺伝子パネル検査に保険適用している。だが実際、同検査で遺伝子異常が認められたとしても適応する医薬品が現存せず、治験や先進医療などの形で未承認薬や適応外薬を使わざるを得ないケースも多い。しかも、さまざまな条件から、その対象とならない患者もいると想定される。
そこで、患者申出療養として、複数のがん種、遺伝子異常に対応できる仕組みの「マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく分子標的治療」を、あらかじめ用意した。これは当初、対象は成人だったが、現在では小児にまで拡大されている。
令和3年度(令和2年7月1日~令和3年6月30日)の患者申出療養の費用
技術名 |
総合計(円) (円) |
平均入院期間 (日) |
実施件数 (件) |
実施医療機関数 (機関数) |
パクリタキセル腹腔内投与及び 静脈内投与並びにS―1内服併用療法(腹膜播種又は進行性胃がん) |
13,644,189 |
17.3 |
10 |
7 |
耳介後部コネクターを用いた 植込み型補助人工心臓による療法(重症心不全) |
- |
- |
0 |
- |
リツキシマブ静脈内投与療法(難治性天疱瘡) |
6,412,030 |
2.3 |
4 |
1 |
インフィグラチニブ経口投与療法(進行性固形がん) |
529,340 |
- |
1 |
1 |
経皮的乳がんラジオ波焼灼療法(早期乳がん) |
21,586,279 |
4.6 |
29 |
7 |
マルチプレックス遺伝子パネル検査による遺 伝子プロファイリングに基づく分子標的治療(根治切除が不可能な進行固形がん) |
145,945,560 |
7.2 |
162 |
11 |
トラスツズマブエムタンシン静脈内投与(乳房外バジェット病) |
2,590,074 |
- |
1 |
1 |
エヌトレクチニブ経口投与療法(脳腫瘍) |
3,606,440 |
46.0 |
1 |
1 |
合 計 |
194,313,912 |
|
208 |
29 |
- 出典:厚生労働省「患者申出療養評価会議」(令和4年1月21日開催)資料を一部改変
患者等からの相談に始まり患者申出療養となったのは1割弱
第30回患者申出療養評価会議では、厚労省が、患者申出療養が始まってから令和3年12月末までの約6年間の運用状況について報告した。
それによると、特定機能病院等への患者等からの相談が158件あったが、およそ1/3(50件)は、制度一般に関する照会であった。また、治験、先進医療、他の臨床試験を紹介したのが1割強(24件)。患者の相談先である医療機関などにおいて患者申出療養として実施困難と判断したものが2割(35件)ある。このようにして最終的に患者申出療養として実施に至ったのは1割弱の12件である。この12件とは、これまでに患者申出療養として定められた12種類の技術(前述)を意味する数字でもある。(下表)
制度の運用状況および患者等からの相談事例の現状について
出典:厚生労働省「患者申出療養評価会議」(令和4年1月21日開催)資料を一部改変
※ 令和3年12月末事典で報告があった件数
※ 括弧内は昨年報告時からの増加分
なお、これまでのところ患者申出療養の対象となっているのは主としてがん患者だが、医療機関などにおいて患者申出療養として実施困難と判断されたケース(前述35件)では認知症患者が複数含まれており、今後、高齢社会を背景に、認知症への対応も課題となりそうだ。