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地域包括ケアシステム 課題解決スクエア
有識者インタビュー

辻 哲夫
東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授
辻 哲夫 先生 Tetsuo Tsuji
  • 1971年東京大学法学部卒業
  • 厚生省(現・厚生労働省)に入省。老人福祉課長、大臣官房審議官(医療保険、健康政策担当)、事務次官等を歴任
  • 2008年田園調布大学教授
  • 2009年から東京大学高齢社会総合研究機構教授・執行委員を務め、柏プロジェクトを推進
  • 2011年同大学同研究機構特任教授

地域の課題を共有できるプロセスを踏んだ
市区町村と地区医師会の協調関係づくりが重要。

地域包括ケアシステムを構築していく際には、市区町村や地区医師会をはじめとする各専門職団体などが協働して進めていく必要があります。特に、在宅医療を地域に普及させていくためには、市区町村は地区医師会と手を組み、多職種の専門団体を巻き込んだ連携体制を確立していかなければなりません。市区町村と地区医師会の協調関係をつくることがとても重要です。

地域包括ケアシステム構築を考える上で、どのような視点が必要でしょうか。

【図1】介護を受けたい場所
出典:内閣府「高齢者の健康に関する意識調査」(平成19年)
(注)対象は、全国60歳以上の男女
大都市圏は急激なスピードで高齢者人口が増えており、将来的に“終末期の受け皿”(*図2参照)となる病床不足が危惧されています。そのため、在宅療養の拠点となる“小規模多機能型居宅介護”*1を訪問看護などのケアサービスとパッケージ化して提供するとともに、在宅医療を整備することが不可欠です。 
一方、地方には療養病床や高齢者介護施設が十分にあるものの、高齢者人口がすでに減少しているところもあり、在宅のこれ以上の必要性があまり感じられない可能性もあります。しかし、都市、地方というバックグラウンドの違いはあっても、病院や施設よりも、自分らしく過ごせる自宅で生活することが幸せだ*2という、これからの高齢世代の価値観はさほど変わらないと思います。そうしたニーズを考えると、どの地域においても、これからは在宅を基本とする地域包括ケアシステムの構築に向かうという認識が必要です。
もちろん、在宅でなければならないということではなく、重要なのは在宅という選択肢を保障することです。医師や歯科医師、薬剤師、また各専門職団体の幹部も在宅医療の価値を認識し、本人の生活を支えたいという思いを持つことが重要です。

*1:小規模多機能居宅介護とは、“通い”を中心に“訪問”と“泊まり”のサービスを組み合わせて提供する居宅介護サービスのこと。
*2:2012(平成24)年の総理府による団塊の世代への意識調査によると、要介護になった場合、病院や施設よりも自宅で過ごしたいという意見が多い。

【図2】死亡の場所別にみた年次別死亡数百分率
出典:厚生労働省老健局老人保健課(平成24年)

地域包括ケアシステム構築の課題は何だとお考えでしょうか。

一言でいえば、在宅医療が普及していないことです。まず、訪問診療を行う医師の不足が理由として挙げられます。私は、在宅医療は外来診療を手掛ける医師が継続して担うのが基本だと考えています。多くの患者さんは、信頼関係ができているかかりつけ医に在宅でも診てもらいたいと望んでいるからです。
がんなどの専門性の必要な医療を担う在宅専門医も必要ですが、かかりつけ医との連携がない、在宅のみで完結する医療は在宅医療の本来あるべき姿ではありません。そうした視点に立つと、在宅専門医が地区医師会に加入し、医師会中心の連携体制の下で、かかりつけ医をバックアップするのが理想のモデルだと考えます。診療所資源の少ない地域では中小規模の病院が在宅医療を補完する役割を担うことになりますが、いずれにしても医師会の役割は重要です。
一方、在宅医療では訪問看護師、薬剤師、ケアマネジャーといった多彩なプレイヤーが関わります。そのため、多職種連携をしないと在宅医療は成り立ちません。2015年度から“在宅医療・介護連携推進事業”(連携8事業)(*図3、4参照)が公的介護保険の地域支援事業に位置付けられ、市区町村が責任主体となり、地区医師会などと連携して取り組むことが求められています。
そこで一番の問題となるのが、市区町村と医師会の協調関係をどうつくるかです。市区町村が医師会に丸投げしてもうまくはいきません。市区町村が医師会を中心とした活動の中で必要な役割を担い、医師会も市区町村と連携しながら、多職種連携に取り組むことが大切です。

【図3】在宅医療・介護連携推進事業(連携8事業)
出典:厚生労働省資料を基に辻氏作図
【図4】平成28年度の各事業の委託の有無
出典:厚生労働省老健局老人保険課「平成28年度 在宅医療・介護連携推進事業実施状況調査・市町村支援実施報告書」

市区町村と医師会の協調関係をつくるには、どのような方法が考えられますか。

一例を挙げると、東京大学高齢社会総合研究機構が千葉県柏市などと一緒に取り組んできた“柏プロジェクト”では、市と医師会がともに多職種連携研修や合同会議を運営することが協調関係を築く上で有用でした。研修は医師への在宅医療の動機付けを目的としたもので、参加医師に加え、現場経験の豊富な訪問看護師や薬剤師など多職種でグループワークを実施しています。この研修には各団体の幹部クラスが参加するため、個人同士の顔の見える関係に加えて、医師会と各団体との関係性も構築されます。それを土台に地域単位で多職種グループワークをする顔の見える関係会議を設け、市内の多くの専門職の関係性が深まっています。

市職員は、合同会議のみならず研修でも事務局を務め、医師会とともに企画立案や運営に携わります。さらに、市職員は研修に立ち合い、その様子を目の当たりにすることで在宅医療を学ぶ良い機会となります。
市と医師会がタッグを組むという明確な方針と、地域のかかりつけ医師に次々と多職種連携研修に参加してもらうこと、それをベースに合同会議で医師と多職種をつなげていくという仕組みが“柏プロジェクト”のコアな部分です。地域包括ケアシステムは上意下達では進みません。多職種の協議会を設立する以前に、市区町村と医師会が中心となって各職種団体が、研修に代表されるような顔の見える関係のできるプロセスを踏んで呼吸を合わせ、地域に対する認識と課題を共有した上で、連携8事業にどう取り組むかを考えることが非常に大切だと考えます。

【図5】在宅医療・介護連携推進事業工期
出典:在宅医療・介護連携 推進事業の事業項目(厚生労働省)
武蔵野市地域包括ケア推進協議会ホームページより、「在宅医療・介護連携推進事業 8事業の関連性」

地域包括ケアシステムの構築がなかなか進まない場合の打開策として、どのようなものが考えられるでしょうか。

辻 哲夫地域包括ケアシステム構築は、日常生活圏域を基本としますので、市区町村単位での取り組みとなりますが、都道府県の役割が重要になります。各市区町村は、良いモデルがあればそれを参考に展開します。だからこそ、都道府県には良質な情報、人材を提供して市区町村を後押しし、戦略的にモデルを育てることが求められます。いわばコンサルティング機能が都道府県に求められているわけです。
対して市区町村は、まず自分たちの地域がどのような状況にあるのかを自覚することが重要です。現状を理解し、解決すべき将来の課題を認識できなければ、ビジョンも目標も出てきません。第一歩は、今後の高齢者数や地域の社会資源の見通しなど地域の将来を展望できるデータをしっかりと把握・分析することです。職員が市区町村の問題を“自分の問題”として認識できれば自ずと担い手意識も生じるに違いありません。

地域包括ケアシステム構築が進んでいる地域と、そうでない地域の違いはどこにあるとお感じになりますか。

一番の違いは市区町村と地区医師会の熱意ではないでしょうか。地域包括ケアシステム構築が進んでいない地域は、地区医師会か市区町村のどちらか、または両方があまり熱心ではないように感じます。地域包括ケアシステムの基盤となるのは医療です。その部分は地区医師会と市区町村が組まない限り構築は進みません。
もし、地区医師会に意欲があり、市区町村を動かしたいと考えるのならば、市区町村長と話し合うことを勧めます。市区町村長に現状の課題を認識してもらい、それに沿った人事をしてもらうことが打開策になると考えます。

最後に、地域包括ケアシステム構築に必要な心構えをお聞かせください。

日本は、世界でも例を見ない超高齢・人口減少社会に突入しています。他の国の事例に倣うことはできず、自分で切り拓く他ありません。そのため、住民を含めた地域包括ケアシステムに関わる関係者全員が、将来どういう地域にしたいのか、どのような終末期の過ごし方が幸せなのか、“自分事”として考えることが何より必要だと考えます。
地域包括ケアの原点は“自立・自助”にあります。加齢に伴う虚弱化は避けられませんが、1人ひとりが生活習慣病やフレイル(frailty:高齢になることで筋力や精神面が衰える状態)の予防に早くから取り組み、虚弱化する時期をなるべく遅らせることはできます。そして、地域での助けが必要になった時は、住民同士の助け合いによる“互助”で支えます。それでも対応できなくなると、“社会保険システムによるしっかりとした支援、共助”が欠かせません。超高齢・人口減少を自らの問題としてとらえ、地域でビジョンを共有できれば、“自助・互助・共助”の各段階でそれぞれの関係者が何をすべきか、自然と見えてくると考えます。