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- Interview -
成人期の神経発達症
診療時の具体的症状の特徴と治療ゴール
昭和大学発達障害医療研究所 所長
太田 晴久先生

成人特有の傾向を見逃さない診断のポイント
患者さんと治療ゴールを共有し生活全体の改善を導く
成人期の注意欠如・多動症(Attention Deficit/Hyperactivity Disorder:AD/HD)は、他の精神疾患や神経発達症の併存を抱える患者さんも多く、医療体制も不足していることから診断や治療が難しいことが課題となっています。昭和大学発達障害医療研究所所長の太田晴久先生に、成人AD/HDにおける具体的な症状の特徴と治療ゴールについて解説いただきました。
多動・衝動性、不注意の両方の観点から捉えられる症状も存在する
ー 成人AD/HDにおける具体的な症状について教えてください。
成人AD/HDでは図1に示すように様々な症状があり、主に、多動・衝動性による症状(「じっと座っているのが苦手」「感情のコントロールが難しい」など)と、不注意の症状(「ミスをして叱られることが多い」「片づけができない」など)があります。また、「作業を開始するのに苦労する」といった困りごとについては、多動・衝動性の観点からみると、他のことに気を取られて、あちこち興味がわいてしまう、物事を詰め込みすぎてしまうと捉えられます。一方、不注意の観点では、段取りが悪く準備に時間がかかる、やるべきことを忘れてしまうという背景があります。このように、患者さんの困りごとは両方の観点から捉えることができることも多いため、その症状の背景にどのような原因が存在し、症状が表出しているのかを患者さんから丁寧に聴取することが重要です。
図1 成人AD/HD患者さんの症状
太田晴久先生ご監修
Wilensらの研究によると、成人AD/HDでは多動・衝動性症状と不注意症状のいずれの診断基準も満たす混合型が62%を占めると報告されています(図2)。症状の表れ方や程度は患者さんごとに異なり、一人の患者さんにおいても年齢や環境で変遷することもあるため、いずれかの症状が優勢なケースか、混合型かどうかは明確に分けられないことも多くあります。日常診療においては、サブタイプに拘らず問題行動の原因がAD/HDの特性によるものか否かを見極めることが重要と考えます。
図2 成人AD/HDにおける症状のサブタイプの割合(海外データ)
2009年のWilensらによる研究では、
「多動・衝動性」と「不注意」の両方の症状をそれぞれ6個以上有する
「混合型」のAD/HDが62%を占めていました[分類:DSM-IV]。
【対象・方法】
成人AD/HD患者107例を対象として、構造化インタビューを実施して、DSM-IVに基づき病型を分類し、患者が保有する症状を調査した。
【limitation】
本研究結果は、広告を通じて募集された成人AD/HD患者及び成人AD/HD診療クリニックに紹介された成人AD/HD患者を部分的に観察したものであることから、すべての成人AD/HD患者に当てはまるものではない。また、DSM-IVを基準に診断していることからより重症な成人AD/HD患者が研究対象となった可能性がある。
Wilens TE et al.; J Clin Psychiatry, 2009, 70, 1557-1562.より作図
成人AD/HD特有の傾向と症状を見逃さないポイント
ー 成人AD/HDに特有の傾向はありますか。
一般的に、成人期では不注意の症状が優勢になる傾向があります。そのため、成人期では小児のように、動き回るなどの典型的な多動・衝動性の症状は少なくなります。しかし、普段は抑制できているものの、ストレス過多や環境変化などの刺激が契機となり、多動・衝動性の症状が表面化することもあります。不注意の症状は患者さん本人の困りごとに直結することが多いですが、多動・衝動性の症状では本人だけでなく周囲の人にも影響があります。そのため、対人関係のトラブルに発展しやすく、実際に、成人AD/HDと診断される方は、対人関係の悩みをきっかけに受診されることも少なくありません。このように、顕在化していない多動・衝動性の症状も存在するため、主訴のみならず、「周囲の人と喧嘩しやすい」「我慢するのが苦手」「衝動的に買い物をしてしまう」など多動・衝動性の症状に関連した生活の困りごとがないかを聴取することが大切です。
ー 成人AD/HDを見逃さないためのポイントを教えてください。
実行機能に障害がある「片づけができない」「作業を開始するのに苦労する」などの症状は、怠け癖や性格の問題だと患者さん本人や周囲も誤解しがちです。AD/HDの症状の場合は、本人に「やろうと思えばできる」という感覚はなく、「やろうとしてもできない」という葛藤を抱えており、それが自己評価の低さにつながっていることが特徴的です。成人の場合は小児と異なり、自身の主観や感覚を語ることができるため、症状の背景にある感覚についても聞き取ることが手がかりになります。
また、AD/HDの衝動性や注意散漫の症状は双極Ⅱ型障害と認識されやすく、「作業を開始するのに苦労する」などの症状はうつ病などと認識されやすい傾向にあります。鑑別には発症の時期が重要で、幼少期から症状が認められればAD/HDの診断につながります。そのため、「いつ頃からありますか?」と質問を投げかけることが、AD/HDと他の精神疾患を見分けるポイントになります。
患者さんの生活全体の改善に役立つ3つの治療ゴールの立て方・考え方
ー 成人AD/HDにおける治療ゴールについて教えてください。
現在の医学では、AD/HDの症状を完全に消失させる治療法は存在しません。治療ゴールとしては、まず多動・衝動性、不注意などの〈症状の改善〉を図りつつ、学校や職場、家庭における困りごとの改善、対人関係トラブルの解消などの〈不適応状態の改善〉や自己評価の向上などの〈自尊心の回復〉を目指していきます(図3)。これらの治療ゴールは患者さんと主治医で共有していくことが不可欠です。例えば、家事や育児に悩む主婦の患者さんの場合、「家事がうまくできずに家の中が散らかり、夫と喧嘩になる」「手がかかる小さい子どもに対しカッとなり叱責してしまう」という状況の背景には図1の「片づけができない」「感情のコントロールが難しい」が関連すると考えられます。このケースでは、家事の段取りをよくすることや叱責の回数を減らすことが〈症状の改善〉になります。そして、家族との関係性が改善し、妻や母として認められることが〈不適応状態の改善〉〈自尊心の回復〉につながります。ここでは前者が短期的なゴール、後者が長期的なゴールという位置づけになります。
図3 AD/HDにおける治療ゴール
太田晴久先生ご監修
また治療においては、治療ゴールを共有した上で、患者さんが希望し必要と判断されれば薬物療法を用いることもありますが、患者さんは「生涯飲み続けなければならないのか」という不安を抱きがちです。このため、不適応状態が改善すれば服用の中止も検討できること、また根治ではなく対処療法であり、効果には限界点もあることを予め伝えておくことが、過度な不安や誤解を防ぐ上で大切です。
ー 3つの治療ゴールの進め方・考え方について教えてください。
往々にして患者さんは〈症状の改善〉のみを治療ゴールと捉えがちですが、神経発達症の治療では「できないことをできるようにする」「足りないものを補う」という観点だけでは限界があります。薬物療法などで症状を改善することと並行して、患者さんの考え方や行動の転換を図り〈不適応状態の改善〉〈自尊心の回復〉へと導いていくような働きかけが必要です。
例えば、できないことがあれば、周囲の人に頼る、諦めて他のできることに注力するなどの選択肢を提案していくことが〈不適応状態の改善〉につながっていきます。AD/HDの患者さんは、人に頼ることが不得手な傾向がありますが、職場や家庭でよい対人関係を築くには、時には頼ることも必要です。また、周囲の人にAD/HDについて理解してもらうことで協力が得られやすい環境を構築できます。
〈自尊心の回復〉に至るには、患者さん自身が障害特性への理解を深めることも不可欠です。AD/HDの特性を自分の特性として認識し、他人と同じ方法である必要はなく、自分に合った方法で物事に取り組めばよいという認識を患者さんに持ってもらうことが大切です。「締め切りギリギリでしか行動できない」と悩む患者さんには、「ギリギリでも間に合うならよいのではないですか?」と提案することもあります。3つの治療ゴールは、患者さんがAD/HDを受け入れ、生活の困りごとを解決し、自分らしく生きる上で大きな役割を果たしてくれます。
治療ゴールの具体的な内容は、患者さんの環境や認識の変化に伴い柔軟に変わっていくものと位置づけています。ただし、大枠として3つ(〈症状の改善〉〈不適応状態の改善〉〈自尊心の回復〉)が治療ゴールであることを患者さんと主治医双方がしっかりと認識していれば、治療の方向性を大きく誤らずに、患者さんの生活全体が徐々によりよい方向に改善されていくものと思います。
ー 治療の効果はどのように評価していますか。
患者さんが「効果を感じている」と言う場合は、言葉どおり受け止めてよいと思いますが、自覚していないケースも少なくありません。「効果を感じない」と言った場合も、困りごとの頻度や程度まで掘り下げて聞いていくと、「強いて言えば」「そういえば」と効果を語り出すケースもみられます。そうした小さな変化を見逃さないことが大切です。また、治療の効果の評価は患者さんのみならず、家族など周囲からの意見が参考になることもあります。
治療の過程では、治療の効果や患者さん自身の環境の変化により、症状が変遷していくこともあります。主治医は表出している症状のみならず、生活の困りごとやその背景にある症状も丁寧に聴取して、その時々の患者さんに合った治療ゴールを設定し、共有していくことが必要です。治療ゴールの共有を通して、広い視野で患者さん自身の生き方に対する認識や行動の転換を支援することが重要と考えます。