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- Interview -
発達障害患者の感情情動障害
診療のポイント
どんぐり発達クリニック 院長
宮尾 益知先生

発達障害の病態や思考の特性から診療を考える
「共感」と「感情への対処のサポート」が重要
近年、感情情動障害の問題が発達障害、特にADHDの症状と関連していることが注目されています。しかし、診療時において感情情動障害の問題にどのように対処すべきかは明確化されていません。宮尾益知先生は、小児神経科医として長年にわたり精神神経学分野の研究に取り組み、数千人の発達障害児の診療に携わってこられ、2014年にはどんぐり発達クリニックを開業されました。今回、感情情動障害の問題を有する発達障害患者の診療時のポイントを中心にお話を伺いました。
発達障害の診療では、症状だけでなく病態や思考の特性も考慮する
ー 貴施設を受診される方の背景と最近の傾向について教えてください。
当施設の開業以降、初診の患者さんは、累計で4,000名を超えました。現在、リハビリなども含めると医師2名で1日80名ほどの患者さんを診ています。受診時の主訴や背景としては、落ち着きがないことなどから注意欠如・多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD)が疑われるケースや、対人関係などの悩みから自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)が疑われるケースなどがあります。家族が気付いたり、学校から指摘されたりしたことが受診のきっかけとなるようです。
2020年の4月から6月までは新型コロナウイルス感染症流行の影響で患者数が減少しましたが、近頃は回復しつつあり、特にコロナ禍での生活環境の変化に関連する相談が増えています。
ー ADHDやASD患者さんの診療時のポイントについて教えてください。
一般に、ADHDでは忘れ物が多い、落ち着きがなく思いついた行動を唐突に取る、ASDでは、感覚過敏や強いこだわりを持ち、非言語的表現の理解が困難などの症状が挙げられます。そして、どちらにおいても、生活の中で対人関係のトラブルが生じたり、患者さん本人の感情が爆発したりしてしまうこともあります。そうした時に、症状のみを捉えて診断や治療をするのではなく、背景にある病態や思考、記憶の特性についても考慮し、患者さんごとに適切な対応と治療を検討することが大切です。
ー ADHDの症状にはどのような病態が関与しているのでしょうか。
私は、発達障害は認知プロセスの一部に障害があることにより、症状が現れていると考えています。ADHDの病態にはいくつかの仮説がありますが、認知神経心理学的には、ワーキングメモリの障害、報酬系の障害、実行機能の障害、時間感覚の障害などが考えられています。ADHDの症状である注意持続困難は実行機能の障害、多動性は実行機能や報酬系の障害、衝動性は報酬系の障害などにそれぞれ関連していると言われています。
最近では、ADHDにはデフォルトモードネットワーク(DMN)障害が関与しているという仮説が注目されています。DMNとは、安静状態で意識的な行動をしていない時に活動する脳内神経ネットワークで、内省など自分について考えること、あれこれと考えを巡らせること、他者の情報や社会的な情報の処理などに関与しています。DMNの活動は、課題に取り組む際に、集中しなければならないと思いつつも課題とは関係のないことを考え始めてしまうなどのマインドワンダリングとも関連していると考えられています。一方、DMNとほぼ逆に働くのがワーキングメモリネットワーク(WMN)です。WMNは何かしらの課題を遂行する際に活動する脳内神経ネットワークで、WMNの活動中はDMNの活動低下、DMNの活動中はWMNの活動低下がみられます。一般の人では、DMNとWMNを状況に応じて切り替えていますが、ADHD患者さんではこうした切り替えに関わる顕著性ネットワークに問題が生じているのではないかと考えられています。
私は、ADHD患者さんの記憶形態は、頭の中で次々と浮かび上がってくる物事や考えが物語のように紡がれて立体的に大きく広がっている状態と理解しています。そのためADHD患者さんは、昔のことであっても「誰々が何をしたら次に何が起こって…」など細部にわたってよく記憶していることがありますし、その反面、興味がないことには集中できないといった特性が生まれていると考えられます。
ー ASDの症状に関与する特性について教えてください。
ASDの場合、さまざまな物事を視覚的な情報や、その時に感じた身体的な感覚で記憶していると考えられます。特に視覚的な記憶が優れている患者さんでは、生まれてすぐの頃の記憶が残っていることもあります。また、ASD患者さんでは他者の心を自己に映して相手の心を推し量ること(セオリー・オブ・マインド)が困難で、さまざまな状況を判断してその場に応じた選択を行うこと、自らの感情や状況などを適切な言葉で表すことなども苦手としています。
このような特性を持ちつつも、ASD患者さんの中には高い能力を発揮し活躍されている方も多数います。そうした患者さんは、「世間一般の人々がどのように行動しているか」を一生懸命に観察して自分なりに理解し、視覚的に得られた情報を基に、一般の人々と同じような状態に自分を近づけることで社会に適応していると推測されます。
感情情動障害の機序はADHD、ASDで異なる
病態を理解することで適切な対応が可能に
ー ADHDやASDにおける感情や情動の制御の問題について教えてください。
私は感情や情動の制御がうまく行えない状態を「感情情動障害」と呼んでいます。一括りに感情情動障害といっても、ADHDとASDでは異なる病態から成ることを考慮して対応しなければなりません。例えば、ある人物から別々の場面で合計5回「嫌なこと」を言われたとします。ADHD患者さんの場合は、5回それぞれに嫌悪感を抱き、それらすべてが一つの物語としてつながって記憶されているため、負の感情が蓄積されていきます。そして、感情をうまく制御できない場合は5回目の時に、5回分の蓄積された感情が爆発します。一方、ASD患者さんは「嫌なこと」を言われた際に記憶された身体感覚が、何らかの刺激によって蘇ることで体が反応し、感情が表出します。
海外の研究によると、7〜13歳のADHD患者さん95例のうち63例(66%)が感情制御障害を有していることが報告されています(図11)
図1 感情機能障害を有するADHD患者の割合(海外データ)
感情機能障害:感情制御障害、感情認識障害のいずれかを有する。
感情制御障害:自分の感情を制御することに関する障害。
感情認識障害:表情などから他者の感情を認識することに関する障害。
【対象・方法】
Stockholm ADHDセンターおよび児童青年精神クリニックにおいてADHDと診断された7~13歳の102名(うち女児56名)に対し、それぞれに性別、年齢(±6ヵ月)が対応するコントロール群での調査研究を行った。 ADHDの診断はDSM-IVでのADHD Rating Scale IVとし、SDQ(Strength and Difficulties Questionnaire)で確認した。
【limitation】

・標準化された臨床面接は使用されていない。

・遅延回避については、1つのタスクのみを使用して評価した。

Sjöwall D et al.: J Child Psychol Psychiatry, 2013, 54(6), 619-627.より引用改変
【参考文献】

1) Sjöwall D et al.; J Child Psychol Psychiatry, 2013, 54(6), 619-627.

ー 感情情動障害に関わる神経回路について教えてください。
ADHDと感情情動障害の問題には、多くの神経心理学的および神経回路の問題が関連しています。そのうちの一つが、脳の感情調節や注意に関与する領域におけるボトムアップ調節とトップダウン調節です(図22)
感情や情動の調節には、感情的な刺激の初期処理の過程と、目の前の物事から得られる報酬を評価する過程が関連していると考えられ、これらはボトムアップ調節と言われています。ボトムアップ回路には扁桃体、前頭眼窩部、腹側線条体が関与しています。一方、トップダウン調節は感情を引き起こす刺激に対して注意を向ける役割を果たしています。長期的な目標に向かって遂行する際に必要な、即時的な衝動や動機の抑制にもトップダウン調節が関連すると考えられます。トップダウン回路には背外側前頭前皮質、腹外側前頭前皮質、内側前頭前皮質、前帯状皮質が関与しています。さらにトップダウン回路は、感情を伴う刺激を受けた時と、感情を伴わない刺激を受けた時とで処理方法が異なるとされ、

それぞれ

“hot”、“cool”と表されることがあります3)
ADHDではこれらの調節機能に問題が生じている、あるいは十分に機能していないことで感情や情動をコントロールしにくくなっていると考えられています。
図2 ADHDの情動制御の神経回路
石井礼花; 精神医学, 2017, 59(3), 223-230.
【参考文献】

2) 石井礼花; 精神医学, 2017, 59(3), 223-230.

3) Petrovic P et al.; Front Behav Neurosci, 2016, 10, 70.

ー ADHDやASDの感情情動障害にはどのように対応されていますか。
ADHDの場合は、先ほども申し上げたようにDMNとWMNの切り替えがうまくいっていないと考えられます。したがって、薬物治療などにより切り替えがスムーズになり、感情や情動のコントロールがしやすくなる可能性があります。
ASDの場合は、身体で覚えた記憶を本人にとってよりよい記憶で上書き(オーバーライト)してあげることが大切です。オーバーライトとは、幼い頃に「大きな山から落ちて大怪我をした」という記憶があった場合に、大人になって実は小さな砂山だったことがわかれば「大したことではなかった」と恐怖心が薄れることと同じです。例えば、ASD患者さんが誰かを「あいつは馬鹿だ」「あいつはひどい奴だ」と罵倒していたとします。こうした言動は、相手を貶めることで怒る価値がない相手であると自らの認識をオーバーライトするための行動と考えられます。家族や周囲の人々は、悪口を言ってはダメだと止めてしまいがちですが、オーバーライトの過程を手助けするためにも、まずは患者さんの気持ちに共感することが必要だと思います。
また、怒りという感覚は言葉で表現することによって、その程度が軽減されると考えられています。ADHD患者さんに対しては、先ほどの「嫌なこと」の話を例にとると、「嫌なこと」を言われても我慢して負の感情を蓄積させていくのではなく、1回ごとに感情を表現して怒りを発散するように指導することが必要です。
一方、ASD患者さんでは、身体感覚を言葉で表現することが苦手な傾向があるため、その感覚を表す適切な言葉を教えてラベリングすることで、感覚を次第にコントロールできるようになると考えています。
コロナ禍で子どもたちの感情情動障害が顕在化
「大人も不安だよ」と伝えることが大切
ー 新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、自宅で過ごす機会が増えていますが、患者さんの症状などに変化はありますか。
新型コロナウイルス感染症が流行してから、強迫性障害や不安障害の症状が現れた、暴力行為に至ってしまったというお子さんが何名か受診されました。彼らの多くは、これまでに発達障害の診断を受けたことがない子どもでした。おそらく潜在的にASDの特性があり、学校など周りの環境に適応しようとしていた中で、急激な環境の変化によってストレス発散の場を失ったり、状況を理解できなかったりして感情情動障害が顕在化したと考えられます。
例えば、普段は仕事で自宅にいない父親・母親が自宅にいることで、それまで一人の時間にしていたことができなくなってしまった、あるいは親から注意されるようになったなどが環境の変化の一つであったと考えられます。また、親などから「コロナに感染しないように自宅にいようね」と言われているにもかかわらず、ステイホーム期間が終わったとたんに「学校へ行きなさい」と言われることは、言葉の二面性の理解や状況判断が苦手なASD特性を持つ子どもたちにとって矛盾が生じることとなり、感情や情動のコントロールを失うきっかけになったと考えられます。
ー 新型コロナウイルス感染症の流行は大人にとっても将来が見えず不安なことですが、子どもたちにはどのように接すればよいと考えられますか。
基本的には、子どもたちに嘘をつかず、「大人も不安なんだよ」と正直に気持ちを伝えることが大切です。「大人も不安だけれども、働かないとご飯が食べられなくなってしまうから外に働きに出掛けているんだよ。怖いと思う気持ちはあなたと一緒で、あなたが怖い、不安、腹立たしいと思うことは間違っていないよ」と説明をすることで、子どもたちは納得し、感情や情動をコントロールしやすくなると考えています。
感情情動障害を持つ発達障害患者さんには
まず共感することが重要
ー 発達障害の診療を行っている先生方へのメッセージをお願いいたします。
感情情動障害のあるADHDまたはASD患者さんに対しては、まずは相手の話を否定せず、共感することが重要です。感情が爆発している時には、一緒になって声を出してみるのも一つの方法だと思います。患者さんが自らの感情や情動をうまく処理できないことで、本人たちが生きづらさを感じたり、うつ病など二次障害を併発したりするような事態は避けなければなりません。患者さんに寄り添い、本人が納得できる感情や情動の発散方法、コントロール方法を見つけていくサポートをしてみてはいかがでしょうか。
宮尾先生お薦め
発達障害の診療に役立つ書籍
●女性のADHD(宮尾益知, 講談社, 2015)
よく知られていても実は誤解が多いADHD。男女差があり、女性は男性ほど「多動性」「衝動性」の特性が目立ちません。「不注意」の特性があるのにADHDと気づかず、落ち込んで心身の不調に陥る人もいます。またアスペルガー症候群と誤解され、正しい治療やサポートが得られない人もいます。本書では、女性に特徴的な現れ方・背景をはじめ、診断・治療のポイントから周囲との付き合い方まで丁寧に解説します。
●かんしゃく、暴力、反抗、無気力…。うちの子、どうしちゃったの? 正しい理解と回復への8ステップ(宮尾益知, 大和出版, 2021)
コロナ禍で子どもの心に何が起こっているのか? 突然の休校、外出自粛、マスク登校…、まじめで裏がなく一生懸命であるがゆえに、変化に柔軟に対応できなかった子どもの不可解な行動を理解し、日常を取り戻す法について、解説しました。