サイトマップお問合わせ

  • 新規会員登録
  • ログイン

- Interview -
養育環境が脳に及ぼす影響
福井大学 子どものこころの発達研究センター 教授
友田 明美 先生

親などの養育者から子どもへの体罰(身体的虐待)を禁止する改正児童虐待防止法が2020年4月に施行されました。体罰を含む児童虐待への曝露は、子どもの脳にどのような影響を及ぼすのでしょうか。福井大学子どものこころの発達研究センターの友田明美先生は、高解像度MRIを用いた脳画像解析によって、虐待が脳に及ぼす影響を明らかにしました。「私の外来は子育て総合支援の場です」と言い切る友田先生に、研究によって得られた知見と診療・支援のポイントを伺いました。
虐待が脳に及ぼす影響を高解像度MRIで可視化
2003年の米国留学をきっかけに、虐待が脳に及ぼす影響を分析する研究に取り組み始めました。子どものこころの傷は外見からはわかりづらいものです。しかし高解像度MRI画像を解析すると、その影響がはっきりと確認できました。
米国で一般市民1455名をスクリーニングし、頬への平手打ちやベルト・杖などで尻を叩くといった厳格な体罰を4〜15歳の間に受けた18〜25歳の男女23名と健常群(22名)の脳画像を形態画像解析(VBM 法)で比較した結果、被虐待群は健常群に比べて右前頭前野内側部の容積が平均19.1%減少し、有意差が認められました(図1a)。この領域は感情や理性をつかさどっています。小児期からの過度な体罰は素行障害や気分障害をきたすことが知られていますが、脳科学のアプローチからも体罰禁止の意義が明確になったといえます。右前帯状回(集中力や意思決定、共感など)も16.9%、左前頭前野背外側部(物事の認知など)も14.5%、容積が減少していました1,2)
さらに同様に行った研究で、暴言虐待が脳にダメージを与えることもわかりました。親から「お前なんか生まれてこなければよかった」などの言葉を受けて育った被虐待群(21名)の脳は、健常群(19名)に比べて左脳の聴覚野の一部である上側頭回灰白質の容積が平均14.1%増加し、有意差が認められました(図1b2,3)
暴言を浴びて育った子どもは言葉の理解力などが低下し、心因性難聴になりやすいといわれていますが、これには正常な脳の発達が阻害され、言葉の理解や会話に負荷がかかるようになったことが影響している可能性が考えられます。
図1 小児期の被虐待が脳に及ぼす影響の検討 (海外データ)
a)厳格体罰の影響
b)暴言虐待の影響
a)米国の1,455 人の若年成人(18~25 歳)をスクリーニングし、小児期の厳格体罰への曝露経験が若年成人の脳皮質容積に及ぼす影響を検討した。被虐待群23例と健常対照群22 例の脳の高解像度MRI 画像を比較解析(VBM 法)した結果、右前頭前野に有意な容積減少を認めた(p=0.037、permutation tests)。
b)米国の1,455 人の若年成人(18~25 歳)をスクリーニングし、小児期に暴言虐待を受けたが性的虐待、身体的虐待を受けていない男女21 例と健常対照群19例の脳の高解像度MRI 画像を比較解析(VBM 法)した結果、左聴覚野に有意な容積増加を認めた(p=0.004、t-tests)。
出典:友田明美先生ご提供資料
【参考文献】

1)Tomoda A et al.; Reduced Prefrontal Cortical Gray Matter Volume in Young Adults Exposed to Harsh Corporal Punishment, Neuroimage, 2009, 47(Suppl 2), T66-T71.

2)友田明美; 新版いやされない傷—児童虐待と傷ついていく脳, 81-92, 診断と治療社, 2012.

3)Tomoda A et al.; Exposure to Parental Verbal Abuse is Associated with Increased Gray Matter Volume in Superior Temporal Gyrus, Neuroimage, 2011, 54(Suppl 1), S280-S286.

虐待の兆候は子育て困難家庭からのSOS
乳児期の脳には、成人の約1.5倍のシナプスが存在し、成長するにつれて刈り込みが行われます。これにより神経伝達が効率化されますが、暴言を浴びることで正常な刈り込みが行われずに容積が増え、脳代謝に負荷を生じた結果、エネルギーの消耗が激しくなり、神経伝達の効率を低下させて難聴などを引き起こすと考えられます。子どもの脳が虐待という極度のストレスにも何とか適応しようと自らを変形させた結果ともいえます。暴言で身体に傷が残ることはありません。しかし、脳に影響を及ぼすことは看過できない問題です。米国では被虐待歴のある人は、平均に比べ寿命が20年短いことも報告されています4)
解析結果はある程度予測していましたが、虐待が大脳皮質にも影響を及ぼすことがわかり、絶句したことを覚えています。生来的な要因で起こると思われていた学習意欲の低下や引きこもりなどもこうした脳の傷が影響している可能性があります。予測を超えた解析結果に、報告すべきか悩んだ時期もありましたが、エビデンスを示して虐待予防の意義を語ることは、説得力を高めると感じています。患者さん家族にMRI画像を示すことがありますが、特に父親が関心を持つケースが多いと感じています。
乳幼児期の柔軟な脳は修復する余地が十二分にあることをたびたび経験しています。虐待やその兆候を子育て困難な家庭からのSOSととらえて適切に介入し、愛着形成を促していけるかが何よりも重要なのです。
【参考文献】

4)Brown DW et al.; Adverse Childhood Experiences and the Risk of Premature Mortality, Am J Prev Med, 2009, 37(5), 389-396.

「虐待」から「マルトリ」へ同じ目線でのサポートが重要
これまで「虐待」という言葉を使ってきましたが、私は日頃から、この言葉を使わないように心掛けています。かわりに使用するのが「マルトリートメント(mal-treatment)」です。最近は縮めて「マルトリ」ということもあります。欧米での表現や考え方を踏襲しており、子どものためを思っての行為(いわゆる「愛の鞭」)かどうか、目立った傷や精神疾患がみられるかどうかにかかわらず、子ども自身が傷つく行為はすべて「マルトリートメント」と定義します。
虐待という言葉の響きは強く、虐待する人を非難する意図が前面に感じられる表現です。SOSを発している親(養育者)が、虐待を疑われることによって心を閉ざせば、介入は難しくなります。そして公空間と私空間の隔たりが大きくなれば孤立は深まり、マルトリートメントの悪化を招きかねません。
一方で「虐待というほどのことではない」と、行為が見過ごされたり、自分には無関係だと考える人が増えたりするおそれもあります。マルトリートメントという新しい言葉を用いることで、気軽に相談ができ、介入・支援が受け入れやすい環境を整えていきたいのです。
従来はマルトリートメントの日本語訳として「不適切な養育」を用いてきましたが、上から目線で責める不適切な表現だと感じるようになってからは、「避けるべき子育て」を使っています。仕事のストレスなどで意図せずに「マルトリ」してしまうことは誰にでもあることだと思います。私自身も父にお尻を叩かれたことがありますし、娘たちに手を上げてしまったことがあります。「誰でもやってしまうけれど、それは避けるべき子育てだよね」「怒鳴る前にトイレで深呼吸するとマルトリしなくてすむよ」と同じ目線で語り合える社会を構築することが重要です。
小児科医は「褒め育て」の世代間連鎖の起点に
マルトリートメント予防のために小児科かかりつけ医の先生方にさらに取り組んでいただきたいことが3つあります。1つめは養育者支援です。昭和の時代はテレビアニメの中でさえ、子どもを殴る親の姿が描かれ、しつけと称する体罰も横行していました。今はスポーツや学校教育の現場においても体罰禁止はコンセンサスですが、特に昭和に生まれた親たちは、子育ての中で行き詰まった際に怒鳴ったり、叩いたりしやすい傾向があると感じます。自分が親からされたことを繰り返してしまうのです。
ですから、先生方から親たちに褒め方を教えてあげてほしいのです。親が労われ、褒められることで子を褒めるようになり、子ども時代に褒められて育った子が子を褒められる親になる —— 小児科医が「褒め育て」の起点になることで、世代間連鎖を生み出すことが未来を変える一助になると思います。
2つめは、療育などへの橋渡しです。神経発達症の子どもたちは、こだわりが強かったり、言葉の発達がゆっくりだったりと、様々な特性を持っています。一方、親の側は、子どもは順調に育つものと信じてやまないケースがほとんどですから、マルトリートメントが起こりやすい状況が生まれます。こうした場合は、親に子どもの特性を十分に理解してもらった上で、療育へつなぐことが重要です。
また、ペアレントトレーニング(PT)も有用です5)。私の外来では、グループワークのPTに取り組んでおり、受講者は「子どもに対する見方が変わった」「親としての立ち位置がわかった」と感涙されます。「この子は発達障害ですね」と伝えるだけでは、ますます親の孤立を深めますから、具体的な方策を示すことが大切です。
3つめは、多職種との連携です。望まない妊娠、親の精神疾患、DVなど、マルトリートメントを受けている子どもの周囲には様々な困難が絡み合っているケースもあります。ですから、母子保健、児童福祉、精神保健の3つの部門が協働して養育者を支える必要があります(図2)。小児科医一人が抱え込むのではなく、他部門と顔が見える関係を築いて連携のキーパーソンとして子どもに寄り添う視点が重要です。
児童虐待によって生じる社会的コストが年間1兆6000億円に上ると試算した研究もあるなど、マルトリートメントは社会経済的な問題でもあります6)。少子高齢化が進む中、生まれてくる子どもたちは社会の宝です。子育て困難家庭からのSOSをキャッチしたら、親が孤立しないように働きかけ、児童相談所や保健センター、子育て支援機関などにつなぐという“お節介”を迷うことなく実践していただきたいと思います。
図2 子育て困難家庭に対する支援イメージ
友田明美先生ご監修
【参考文献】

5)友田明美; 親の脳を癒やせば子どもの脳は変わる, 105-126, NHK出版, 2019.

6)Wada I et al.; The social costs of child abuse in Japan, Children and Youth Services Review, 2014, 46, 72-77.

ともだ あけみ
友田 明美 先生

福井大学
子どものこころの発達研究センター 教授
1987年熊本大学医学部卒業。同大医学部附属病院発達小児科を経て、2003年より米国留学。マサチューセッツ州マクリーン病院発達生物学的精神科学研究プログラムに参画。ハーバード大学医学部精神科学教室客員助教授。2006年熊本大学大学院医学薬学研究部小児発達社会学分野准教授。2011年より現職(福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長兼任)。
1987年熊本大学医学部卒業。同大医学部附属病院発達小児科を経て、2003年より米国留学。マサチューセッツ州マクリーン病院発達生物学的精神科学研究プログラムに参画。ハーバード大学医学部精神科学教室客員助教授。2006年熊本大学大学院医学薬学研究部小児発達社会学分野准教授。2011年より現職(福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長兼任)。