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取材:2022年2月17日(木)
兵庫医科大学IBDセンターで診ているSBS患者さんについて教えてください

クローン病および潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease:IBD)患者さんを中心に診療を行っている兵庫医科大学IBDセンターでは、難治例や重症例が多いため、他施設より多くの短腸症候群(Short Bowel Syndrome:SBS)の患者さんを診察しています。日本においては先天的疾患を背景としたSBS患者さんが多いと思いますが、当センターのSBS患者さんはクローン病を原疾患としている方がほとんどです。潰瘍性大腸炎やベーチェット病などのクローン病以外のIBDがSBSまで至ることはほとんどありません。今より検査の精度が低く治療選択肢も少なかった時代に、20~30歳代前後でクローン病を発症し、手術を繰り返してSBSに至り、現在は50~60歳代になられている方もいらっしゃいます。最近では治療・検査ともに進歩しましたので、私自身が診察している患者さんに限って言うと、この10年ぐらいの間に新たにSBSに至った患者さんは1人もいません。
クローン病によるSBS患者さんの治療や栄養管理について教えてください
SBSの合併症リスク
クローン病患者さんの予後はSBSに進展するか否かで大きく異なります。私がIBDの診療の世界に踏み込んだ当時、クローン病で一番避けなければならないのは、繰り返し行う手術により残存小腸が短くなってSBSに至り、在宅中心静脈栄養療法(Home Parenteral Nutrition:HPN)による栄養管理が必要になる状況だと言われていました。HPNでは身体にとっては異物となるカテーテルを入れたままの状態になるため、感染症や血栓症を引き起こしやすくなります。感染症から敗血症を発症した場合、生命予後に直結する可能性があります。また、体内に留置されているカテーテルを中心に血栓が形成されると、挿入ルートが血栓で塞がれてしまい、次のカテーテル入れ替え時には別のルートを探さなくてはなりません。これを繰り返すと、次第に挿入できる血管が無くなってしまいます。最終的に鼠径部からカテーテルを入れざるを得なくなると、感染を起こしやすくなり、合併症のリスクが上昇します。さらに、血栓が脳に入り脳梗塞となれば、こちらも生命予後に直結します。HPNはこのようなカテーテル自体の合併症リスクに加え、日常生活の中で点滴に拘束されて自由に動き回れない時間が増えるなど、患者さんの物理的・時間的・経済的な負担が大きく、生活の質(Quality of Life:QOL)が著しく低下してしまいます。
クローン病からSBSへの進展を防ぐ取り組み
クローン病を良好に管理し、手術および再発の回数を減らしてSBSへ進展させないためには、早期診断と適切な治療が欠かせません。日本は画像診断の技術が欧米よりも高く、内視鏡やX線造影レントゲン検査などの画像診断によるクローン病の診断基準が定められています。ただし、実際には、何らかの症状がある、血液検査で貧血や炎症反応が認められるなどを理由に精密検査を行ったら、かなり進行したクローン病であることが判明し、すぐに手術が必要となる患者さんもいらっしゃいます。特に、小腸病変では潰瘍や狭窄があっても症状がなく、血液検査も異常が認められないことがあり、病変がある程度進行しないと認識が難しいことが早期診断を困難にする要因の一つになっています。
一方、治療に関しては抗TNF-α抗体製剤や他の生物学的製剤の登場によって非常に進歩し、治療選択肢が増えたことで、一つの薬で効かなかった場合でも別の薬に切り替えることができるようになったため、以前と比べてクローン病患者さんの予後は大きく改善しました。
クローン病治療における大事なポイントは、薬が効かなかった時に後手にならないように次の治療に切り替えること、すなわち、病状が悪化していることにいかに早く気付くことができるかが重要です。症状の悪化に早く気付くためにも、患者さんには定期受診を継続していただき、検査をきちんと受けていただくことをお伝えしています。クローン病の治療は生涯にわたって続くものですが、長期的に安定した治療を継続していれば、SBSへの進展を防ぐことが可能となりますし、患者さんは社会的制限が少なく、食事を含めて一般の方と近い生活を送ることができます。
クローン病によるSBSの栄養療法

例えば手術の前後は、炎症を消退させたり栄養を補給する目的などで中心静脈栄養療法(Total Parenteral Nutrition:TPN)を行います。また成分栄養剤などによる経腸栄養療法(Enteral Nutrition:EN)を用いることもあります。ただし、残存小腸が短い患者さんでは成分栄養剤で下痢をしてしまったり、それにより痔瘻が悪化することがあるので注意が必要です。液体の成分栄養剤よりも食事の方が排便回数を減らすことができることがありますので、次の目標は十分な薬物療法を行いながら、経口的に食事を摂ってもクローン病が悪化しないようにすることです。適切な薬物療法を導入して、段階的に食事量を上げていき、排便回数が増えすぎない状態でENや食事で必要カロリーを賄うことができれば、HPNを回避できます。残念ながらHPNでの管理が必要となった場合は、入院で点滴やカテーテルの取り扱いをトレーニングしていただいてから退院することになります。
HPNの長期管理が抱える問題点
HPN管理中のSBS患者さんからは、感染症や血栓症などの重篤な合併症に対するご心配の声とともに、日々の生活における時間的拘束度に対する苦労の声も伺います。点滴時間は必要カロリー量や流速などのバランスを考慮し、患者さんの生活に合わせて決めていただきますが、通常、長い時間が必要です。そのため日常生活においては、必要な点滴時間で物理的・時間的に拘束されてしまうために遠出はできず、実際問題として一般的な体を動かす労働に就くのはほとんど困難となり、就労されている方が少ないのが現状です。日中に点滴をすると日常生活・社会生活の障害となるため、寝ている間に行う方が多いと思いますが、寝返りで点滴の針が外れないように気を付けなければならなかったり、不眠症になって、睡眠薬を服用している方もいらっしゃいます。また、高齢になって点滴手技がおぼつかなくなったり、精神的疾患を持っていて自己管理ができないといった方で、ご家族の協力を得られないケースでは在宅管理が困難となり、長期療養型の病院に入院せざるを得ないこともあります。
合併症リスクのみならず、生活への支障が著しいことからも、HPNを回避するのが最大の命題であり、HPNになったとしても最小限の点滴で済むように管理することが、SBS患者さんのQOL向上にとって重要なポイントだといえます。
SBSの医療体制について教えてください
SBS患者さんに対するチーム医療の在り方
当院は内科も外科も全国屈指のハイボリュームセンターです。SBS診療の特別な枠組みはありませんが、日常診療の中で内科と外科の医師、看護師、栄養士、ソーシャルワーカーなどが緊密に連携を取り合いながら治療方針を検討し、HPN管理中のSBS患者さんに配慮できる体制を整えています。また、HPNの管理・維持には、無菌状態で点滴を調剤し自宅への配達に対応してくれる調剤薬局や点滴ポンプの業者の方々などとの協力が必要になります。その他に、不安・不眠などを抱える患者さんの精神的サポートとして患者会との交流もお勧めしており、このような外部施設と患者さんの仲介も行っています。
地域連携の重要性と課題
阪神の地域連携会、全国レベルの学会や講演会での交流などを通じて、多くの難治性IBD患者さんをご紹介いただいています。先ほど申し上げた通り、HPNを行っているSBS患者さんは点滴時間による拘束がありますので、遠隔地から通院するのは困難です。当院のSBS患者さんも多くは兵庫、大阪の阪神地区に限定されています。とはいえ、IBDは手術で切除したら終わりという疾患ではなく、良好な状態を長期にわたって保ち続けるために、治療スキルや経験値を要しますので、可能な限り当院で経過観察を行うようにしています。遠隔地の方は必要な検査の時だけ当院に来院し、普段は近くの病院で診ていただいています。感染症や血栓症などの致命的な合併症やトラブル管理の際にすぐに対応していただける病院を持っておく必要があるためです。
SBSは希少疾患ですので、経験豊富な専門医がいる病院やHPNに必要な点滴・薬剤が全てそろっている薬局は多くはありません。そのような中で、病院同士、病院とその他の医療関係施設・業者が協力関係を築き、SBS患者さんのQOLをできるだけ維持しながら治療を提供できる医療体制を整えることが重要です。
SBS治療について今後期待されることをお聞かせください
SBSに至ったクローン病患者さんにとって、TPN管理が必要となるか否かでQOLや予後が大きく異なります。これまでは、術後になかなかTPN管理から離脱できず、継続的なTPNを要する患者さんもおられたのですが、腸管吸収機能の改善を促す新たな治療薬の登場などにより、TPNからの離脱も実現できるようになりつつあります。今後、さらなる効果的な使用方法や患者さんへの適応などが検討されることを期待しています。