サイトマップお問合わせ

  • 新規会員登録
  • ログイン

SBSライブラリー vol.7

久留米大学病院

久留米大学医学部 外科学講座小児外科部門 主任教授
加治 建 先生

久留米大学医学部 外科学講座小児外科部門は、1963年に久留米大学外科から小児グループとして立ち上げられて以来、60年近くの長い歴史を有し、小児における消化管機能や栄養・外科代謝など様々な分野で多数の業績を残してきた。2021年11月に本部門の主任教授に就任された加治 建先生は、長きにわたり短腸症候群(Short Bowel Syndrome:SBS)の臨床に携わり、本症候群におけるGlucagon-Like Peptide-2 (GLP-2)などペプチド成長因子の応用に関する研究も継続されている。
そこで今回、加治先生に久留米大学でのSBS治療や小児患者さんにおける治療の考え方、ご自身の研究などについてお話を伺った。

ホームSBSライブラリー > vol.7 久留米大学病院

取材:2022年1月20日(木)

久留米大学病院で治療中の小児SBS患者さんについて教えてください

加治 建 先生

2022年1月現在、当院の小児外科で診療している短腸症候群(Short Bowel Syndrome:SBS)患者さんは2名です。1名は、中腸軸捻転に伴う腸管切除によるSBSの患者さんで、残存小腸は20cm、回盲弁のない症例です。現在は2歳になっており、中心静脈栄養(Total Parenteral Nutrition:TPN)は行っていませんが、定期的に脂肪乳剤を投与するために、1週間ほど入院していただく形をとっています。もう1名は慢性偽性腸閉塞症と診断された11歳の患者さんで、在宅静脈栄養(Home Parenteral Nutrition:HPN)を行っています。この患者さんには2ヵ月に1回程度の間隔で入院いただき、セレンと脂肪乳剤を経静脈的に投与しながらフォローアップしています。
そのほかに1名、使用可能な腸管が短く、SBSに近い状態となっている患者さんがいます。腸管穿孔に伴い腸瘻を造設した症例で、現在は新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit:NICU)においてTPNと腸瘻からの栄養剤の投与を実施しているところです。

SBS患者さんに対してどのようなチーム医療を行っていますか

NSTを中心とした多職種連携

久留米大学病院のSBSに対するチーム医療では、栄養サポートチーム(Nutrition Support Team:NST)が中心的な役割を果たしています。本病院では以前から栄養・代謝に関する臨床研究が積極的に行われてきたため、NSTのメンバーにも多数の小児外科医が含まれます。入院中の患者さんに対しては、NSTメンバーの小児外科医がチーフとなって、看護師、栄養士、薬剤師とともに回診を行っています。基本的に、医師だけで回診を行うことはありません。NSTによる回診は週1回実施しており、そこで常にスタッフ間の情報共有が行われています。
外来では小児外科医が患者さんを診療しながら、栄養士に問い合わせたり、脂肪乳剤の投与などについて薬剤師に関わってもらったりといったように、必要に応じて各専門スタッフに相談しています。このようにNSTを中心とした多職種で、SBS患者さんの診療を行っている状況です。

チーム医療の重要性

SBSの診療においては、多くの知識を集結することができるという点で、チーム医療がきわめて有用であると感じています。今はそれぞれのスタッフが自分の専門性を深く追求していますので、様々な職種から医師も知らないようなアイデアが提案されたり、注意しなければならないポイントが指摘されたりします。
たとえば肝への影響という点で脂肪乳剤の投与量が適正かどうかや、薬剤併用による効果減弱などの影響、手術直後でNICUに入院している場合のグルコース投与速度(Glucose Infusion Rate:GIR)などについては、薬剤師からアドバイスをもらうこともあります。また看護師からは、薬剤によって経腸栄養剤が固形化する場合があるなど、実際に注入する立場ならではの様々な情報をもらったり、問い合わせが来たり、もう少し工夫できないかといった提案が出されたりもします。
このような情報の共有はチーム全体の成長を加速し、さらには、より有効な治療法の選択にもつながっていくのではないかと思います。患者さんやご家族とのコミュニケーションに関しても、医師だけでなく多様な立場のスタッフの意見が反映されることは、日々の診療で安心につながります。

患者さんや保護者とのコミュニケーションにおける工夫

小児外科では、患者さんのご両親、特に母親とコミュニケーションをとることが多くなります。その際には現状を詳しく説明し、栄養に関する治療状況について十分にお話しするよう努めています。以前は、母親がベッドの横で寝泊まりしていることが多く、医師がベッドサイドに行くたびに話ができましたが、最近は仕事を持つ母親も増え、またコロナ禍であることもあり、ご家族が患者さんのそばにいることができない時間が長くなってきました。そのため、可能なかぎり親御さんがいる時間に回診を行い、現状をお伝えするようにしています。
さらに、医師がいないとき、たとえば食事の際などには栄養士に話をしてもらい、患者さんの好みや下痢をしやすいものについて情報を得るなど、回診以外の機会も利用してコミュニケーションを深めることを心がけています。

小児のSBS患者さんの治療やサポートで重要なポイントがあれば教えてください

発育・成長のサポートと看護師の役割

加治 建 先生

私は成人のSBS患者さんの診療にも携わった経験がありますが、成人の場合は通常、発育や成長という点を考える必要はなく、食事摂取が可能になることを中心に考えて治療を進めていきます。それに対し、小児のSBS患者さんの場合は新生児期あるいは乳児早期であることが多く、そこから発育・成長していく過程を適切にサポートしていく必要があります。この点が、成人と小児のSBS患者さんの治療における最も大きな違いです。多くの親御さんは、自分のお子さんがSBSと診断された際、TPNを一生継続しなければならないのか、正常に成長できるのか、という不安をかかえられています。
患者さんが発育・成長していく過程で、一番関わることが多いのは看護師です。看護師は現場で一日中患者さんや親御さんと接していますので、そこで良好な関係を築いてもらうことができれば、医師にも様々な情報が入ります。その点では、看護師は小児のSBS治療におけるキーパーソンといえます。
当院では、病棟の看護スタッフとのカンファレンスを週1回定期的に行い、医師から説明するだけでなく、看護師からの説明も受けます。患者さんの治療方針や、ケアにおける看護サイドからの問題点について、できるだけディスカッションをして共有しています。
小児のSBS患者さんの場合、基本的に1年間は入院すると考えておかねばなりません。その点からみても、看護サイドの役割はとても大きいと考えています。より近い場所でケアするスタッフと情報を共有し、治療方針に従ってスタッフ全員が同じ方向を向くことは、きわめて重要です。

入園・入学に伴う課題

成長して幼稚園や保育園に入園、あるいは小学校に入学する時期には、多くの患者さんが退院し、HPNを実施しています。ここで最も大きなネックとなるのが、TPNを行うためのポンプやチューブをつけた患者さんを幼稚園・保育園や学校で受け入れてもらえるのかという点です。
10年ほど前までは、これらを装着しているために受け入れを拒否され、行くところがないという相談を受けることもありましたが、最近はそうしたケースはなくなってきました。ただし、やはり園や学校側の先生方は心配に思われていますので、患者さんの受け入れにあたりどのような点を注意すべきか、どういった点が心配で、何が起これば病院に連絡すべきなのかなど、現在の患者さんの状況を踏まえて十分にお伝えする必要があります。当院では、入園や入学の前に、受け入れ側の先生方に時間をかけてご説明し、場合によっては複数回にわたり来院いただきます。器械の扱いや合併症、緊急の連絡が必要な状況について、先生方が理解したうえで患者さんを受け入れていただけるよう努力しています。
なお、こうした内容は親御さんを通じて伝達するのではなく、親御さんと園や学校の先生、養護教諭である保健室の先生、そして医師と看護師が参加する、カンファレンスのような形で説明しています。全員で一緒に話をし、不安な点を一つずつ解消していく必要がありますので、時間を十分とらなければなりませんし、回数を重ねる必要もあります。

先生のGLP-2に関する基礎研究について教えてください

研究のきっかけとなったSBSの患者さん

私がGlucagon-Like Peptide-2 (GLP-2)の研究に携わるきっかけとなったのは、前任地の鹿児島大学で、施設として初めてSBS治療を行った際に担当した患者さんです。
その患者さんは残存小腸が20cmほどで、約1年間入院した後にやっと退院してHPN導入となり、小学校入学後にはTPNを離脱していました。普通に食事をとることができるようになり、学校では給食も食べていましたので、私は、腸が短い患者さんでもこうして成長していくことができるのだと感じました。ところが、この患者さんはその後、おそらくはロタウイルス感染による冬季下痢症で大量の下痢を来し、翌日の朝には低カリウム血症でショック状態となって、一命はとりとめたものの脳障害に至ってしまいました。SBSが安心できない疾患であることを痛感させられた、とても心に残る患者さんです。それ以来私は、SBSを何とか治療できないのかという思いをずっと抱きながら、臨床に携わってきました。
その中で、GLP-2が腸管粘膜の絨毛を成長させる作用があることを知り、SBS治療に有用なのではないかと興味を持ちました。幸い、その研究を行っている研究室に留学することもでき、現在までGLP-2の研究を続けています。

生体内におけるGLP-2の作用

GLP-2はグルカゴンの前駆体であるプログルカゴンから切断されたペプチドで、回腸・結腸に存在する内分泌細胞のL細胞から分泌されます1)。私が留学中に行ったSBSモデルラットの研究では、GLP-2が腸管粘膜に作用して絨毛高と陰窩深を増加させ、吸収粘膜の表面積を増やすことが明らかになりました2)。また、同モデルラットの研究により、GLP-2がSGLT-1(Sodium-Glucose Co-transporter 1)やGLUT-5(Glucose Transporter 5)といった、栄養を腸内に取り込むトランスポーターの発現を増加させることも分かりました2)。このように、GLP-2は腸管粘膜の表面積を広げる作用と、吸収に関わるトランスポーターを増加させる作用により栄養吸収を改善させると考えられます。
海外で研究していたとき、GLP-2投与ラットの腸管粘膜が外観からも非投与群と明らかに違い、かつ顕微鏡所見では絨毛高がまったく異なることを発見して、GLP-2の効果を実感したという思い出があります。また、別のラットを用いた研究ではGLP-2の抗炎症作用も明らかにすることができ3)、GLP-2の多様な作用に強い期待を抱いたことを覚えています。

SBS治療について今後期待されることをお聞かせください

SBSに関しては、私が医師になった頃に比べると治療の考え方自体が変化し、治療手段としても様々なものが登場しています。手術については腸管延長術であるSTEP(Serial Transverse Enteroplasty Procedure)法が可能となり、小腸移植についても2018年4月にわが国で保険適用となりました。また薬物治療として、小腸の絨毛高を増加させる作用を有するGLP-2アナログ製剤が2021年9月より、わが国でも使用できるようになりました。GLP-2アナログ製剤の登場により、SBS治療の幅がさらに広がる可能性があり、こうした薬剤があることをご家族に説明できることは、大きな希望につながっていくと思います。

1)Rowland KJ, et al. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2011; 301(1): G1-G8.
2)Kaji T, et al. J Surg Res. 2009; 152(2): 271-280.
3)Sigalet DL, et al. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2007; 293(1): G211-G221.

PAGE TOP